第78話(97/09/26 ON AIR)
『ラッパ』 作:冬乃モミジ




(女の子たちの楽しそうな笑い声など聞こえる。)
(ラッパの音が聞こえる。)
(どちらかというと ちょっと冴エナイなりのラッパ男)

ラッパ男

僕はラッパを吹いている。
あの子のために吹いている。
けれどあの子は 僕がラッパを吹いていることを知らないし
ましてや それが誰のためだかなんて 知るはずもない。
僕はラッパを吹いている。
パッパラパラッパ パパラ パッパラパラパ
はじめてあの子に会ったのは 町のはずれの橋の上だ。
僕はずっと前から ラッパを持っていたけれど 一度も鳴ったこ
とがない 鳴らないラッパを持ったまま てくてく歩いて旅をし
た。長いこと ずーっと前からあてもなく てくてく歩いて い
くつも町を通りすぎた。
どこかの娘が 僕の手にラッパをみつけて 吹いておくれと頼ん
でも 僕は首を横に振るばかり それでも時には 気まぐれに大
きく吸った息を吹き込んでもみたけれど ラッパはただラッパの
形をした金色のガラクタよろしく うんともすんとも言わなかっ
た。
僕は とある町にさしかかる。
そこには 小さな川が流れていて 石の橋が かかっている。
橋のまんなかあたりに 女の子が 頬杖をついて 川を見下ろし
ている。
僕は ちょっと立ち止まる。
あの子は 僕に気がついて「こんにちわ」それから
「ほら さかな きれいな さかなが いるのよ」にっこり笑っ
てそう言って また 川面に目をおとす。
僕は いっぺんにあの子が好きになり あの子の住んでる町のこ
とまで好きになり この町に暮らすことに決めたのだ。
小さな家をかり その夜ラッパを吹いてみた
パッパラパラッパ パパラ パッパラパラパ
鳴らないラッパが 音を出す
パッパー パパラパ パパラパラ
僕はどんどん嬉しくなって それからずっと
あの子のために ラッパを吹いている。
野原を走る時は 遠く勇ましく
小さな花に足を止めたときには 静かに 静かに
渡り鳥が飛び立つ時には 高らかに それこそ空を飛ぶように。
僕のラッパは いつでもあの子のために鳴る。

あの子の 毎日は とても楽しい
とても楽しいに 違いない。
新しいミルクと 見慣れた景色と いっときも同じ色をとどめな
い空と朝のあいさつと 季節の収穫と走り回る犬と 歩き回るニ
ワトリとあの子は いつも 愛するものにかこまれている。
そして あの子は よく笑う
時々は 僕に笑いかけることもある「おはよう いいお天気ね」
僕は たいして気のきいた返事も出来ないが
それでも 笑って 返事する「ああ おはよう いい一日を」あ
の子の通りすぎるのを 見送って あの子の姿が見えなくなって
パパッパパラ パパラパラ
僕は ラッパを吹いてみる
もしも あの子に聞こえても きっと それが誰だかわからない
それでいい それでいい
僕は この町にやってきて もう数えきれない一日を もう数え
きれないだけ過ごした
僕は やっぱり あいかわらずの僕だけれど
あの子は みるみる 奇麗に なった。
どんどん どんどん 奇麗に なった。
おとといも 昨日も 楽しそうだった あの子が
今日も 明日も あさっても 笑って暮らせるように
僕は ただ ラッパを 鳴らす。
あの子のために ラッパを 鳴らす。
そうやって また 数えきれない 一日を 過ごすのだ。

これはどうしたことだろう あの子が ふさぎこんでいる
目には涙をためて 丘の木にもたれて うつむいている。
大事な 花壇を 荒らされたのか?
気に入りの ブローチを なくしたのか?
僕には わけも わからない。
やがて ゆっくり 日が暮れて あの子は重い足どりで 丘を下
って帰って行った。
僕はどうしたらいいのだろう 一体何が出来るだろう

僕はラッパを 手にとった。
楽しい曲を吹いたなら あの子は楽しくなるだろうか
おかしい曲を吹いたなら あの子は笑ってくれるだろうか
けれども 僕の指は ちっとも楽しく動かない。
僕は それでも 指が動くとおりに ラッパに息を吹き込んだ
 (ラッパの音)
それは「優しい」と「悲しい」の間のような 音だった。
「優しい」は あの子に笑顔が戻るようにと願う 僕の気持ち
「悲しい」は あの子のことを何も知らない 何にも出来ない
もどかしさ
もどかしい 悲しい 僕の気持ち。
だって
  僕はあの子を 愛している。
愛している 愛している
僕は 優しい 悲しい ラッパを吹いた。
愛している 愛している
僕は いつしか 泣きながら ラッパを吹いた。
愛している 愛している
届け 届けと ラッパを吹いた。

 (遠くからラッパの音が聞こえる。)

女の子

窓の向こうから ラッパの音が聴こえた。
とても優しい とても悲しい 音が わたしの周りを 囲んで
まわる。
それまでの 沈んだ気持ちに「優しい」と「悲しい」が
溶けて 混ざっていく。
あれを吹くのは 誰でしょう
あの 切ない ラッパを 鳴らすのは…
切ない ラッパを 鳴らすのは…

 (遠くからラッパの音が聞こえる。)

                       〈終り〉