第74話(97/08/29 ON AIR) | ||
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『アニムス』 | 作:腹筋 善之介 |
(三味線の音がジャン!となる。) | |
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夢探偵 |
あなたは、毎晩毎夜同じ夢を見て、不思議に思った事はありません |
ある女 |
「すみません。あのー」 |
夢探偵 |
「はい?」 |
ある女 |
「あの、あなたが過去の記憶を消す事が出来ると聞いて…」 |
夢探偵 |
「は?」 |
ある女 |
「お願いです、消してほしいのです。今すぐに。」 |
夢探偵 |
「いや、今すぐにといわれても。 |
ある女 |
「わかっています。お願いです。今すぐ消してください。」 |
夢探偵 |
「消すといっても、ほんの少し忘れる程度ですよ。」 |
夢探偵 |
私は、その女に見据えられ体が硬直してしまいました。 |
夢探偵 |
「わ、分かりました。視てみましょう。」 |
ある女 |
「よかった。ごめんなさい、こんなところまで押し掛けてしまって。 |
夢探偵 |
「いいですよ。今すぐ視ましょう。」 |
ある女 |
「お願いします。」 |
夢探偵 |
「じゃあ、ここに座って。」 |
夢探偵 |
なぜあの時、こんな山奥のキャンプ場に女一人で訪ねてくることが |
(三味線の音が、少しづつ入ってくる) |
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夢探偵 |
「じゃぁ、ここに座って。」 |
ある女 |
「はい。」 |
夢探偵 |
「質問しますね。もし答えるのがいやなときは、何も言わなくてい |
ある女 |
「和歌子といいます。18歳です。」 |
夢探偵 |
「18歳ですか。…あっ、いや、過去を消してほしいという人は、 |
ある女 |
「すみません。」 |
夢探偵 |
「謝ることないですよ。日が沈んできましたね。ヒグラシの声が一 |
ある女 |
「…あの人と初めて会ったのも、こんな日のこんな時間でした。」 |
夢探偵 |
「水場の近くですね。」 |
ある女 |
「ええ、川岸の冷たい石の上に、私は座っていました。」 |
夢探偵 |
ここまでで、大概の人の心は見えてきて、すぐに治療に取りかかる |
和歌子 |
一瞬目があったんです。 |
夢探偵 |
どうやらこの男の記憶を消してほしいのでしょう。 |
和歌子 |
紅葉が真っ赤になった頃、もう会えないというのです。 |
夢探偵 |
こういう場合、無意識の中に潜んでいる、未熟な男性原理というも |
(三味線の音が、少しずつ大きくなってゆく) |
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和歌子 |
「あの人のことを考えると、この身が引きちぎれそうになるので |
(無意識の中に入っていく夢探偵) |
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夢探偵 |
とても暑い。こんなことは初めてでした。 |
和歌子 |
「忘れさせてください」 |
夢探偵 |
この人の無意識の中は、焼けるように暑い。 |
和歌子 |
「忘れようとしても忘れられないのです。会えないといったあの |
(三味線の音が一段と大きくなってゆく) |
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夢探偵 |
居た!何てことでしょう、逃げて行くのです。こんなことも初め |
和歌子 |
「何度も何度も会おうとしました。しかし、会ってもくれないん |
夢探偵 |
その男は、山の小道を駆けていきました。 |
和歌子 |
「早く、早く、捕まえるの。」 |
夢探偵 |
私の体は燃えるように暑くなっていました。 |
和歌子 |
「鐘ごと、鐘ごとつかまえるの。早く。」 |
夢探偵 |
私は、鐘のところまでいきました。 |
和歌子 |
「憎らしい。会わないといった。憎らしい。ニクラシイ」 |
夢探偵 |
私の、体の熱のせいからか、鐘が溶けだしました。 |
夢探偵 |
気がつくと、和歌子さんはもう居ませんでした。 |
(三味線が鳴り響く) |