第69話 (97/07/25 ON AIR) | ||
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『浅間山のように』 | 作:飛鳥 たまき |
(一気にやってきた本格的な夏。せみがうるさいくら いに鳴いている。) |
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伸彦 |
[…今、おれはみなちゃんと初めて会ったあの日の浅 間山を思い出しています。まっ青な空に稜線がくっ きりしていたのを覚えていますか……] |
みな子 |
「夏休みで帰省した私を追いかけるように伸彦からは がきが届いた。悠然とした浅間山の絵はがき。あの 日……信州での秋合宿…」 |
(ざわめき) |
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伸彦 |
「今日はフリーです。定期演奏会も練習も忘れて、一 日、信州の秋を楽しんでください。集合は夕方六時。 時間厳守でお願いします。――以上。 (しばらくざわめき) …浅間登山の人はこっちです……なだらかな登山道 です。ゆっくり登りますが、それでも山です。 (少し笑い声)無理して頂上を目指さないように…」 |
(三号目あたり。休憩。みな子、顔から血の気がひい ている。伸彦、そばにきて座る。風が吹いている) |
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伸彦 |
「だいじょうぶ?」 |
(みな子うなづく) |
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みな子 |
「山って…」 |
伸彦 |
「登山。二千メートル以上の」 |
みな子 |
「あー…どっちかというと海の方が得意」 |
伸彦 |
「おれは…こんな風に高いところでぼーっとして風に 吹かれてるのが得意」 |
みな子 |
「…私、島育ちだから…あぁーでも、海のないところ でこんな解放感を感じるとは思わなかった…」 |
伸彦 |
「おれは山育ちだから……海辺の町は海と向き合って んだろうなー…山はねぇ…空と向き合うんだよ」 |
みな子 |
「海と空か…どっちと向き合ってる方がうれしいかな ……」 |
伸彦 |
「どっちがうれしいか……こりゃ、みなちゃんに海に 連れていってもらわなきゃいけないなぁ…」 |
みな子 |
「…あー、いい風…」 |
伸彦 |
「…(少し芝居じみて)しばし、風の歌を聞こう」 |
みな子 |
「ふふ…」 |
みな子 |
「私たちはあの日のように澄んだ気持ちで向き合って いただろうか…あの日のように風の歌を聞いていた だろうか…… ただただ、会いたくて…… …………自分の内に潜む激しさにおののいていた… ……そして春、伸彦は卒業した」 |
(電話) |
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みな子 |
「私、みな子。日曜日あいてる?」 |
伸彦 |
「……日曜日?…悪い。出張だ…」 |
(電話) |
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みな子 |
「今、駅前まできてるんだけど…」 |
伸彦 |
「……ごめん、今から会議なんだ…」 |
(電話) |
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みな子 |
「…私…」 |
伸彦 |
「…………」 |
みな子 |
「会えない日が続き、会わない日が多くなっていた。 夏休み前、伸彦から久しぶりの誘い。海岸通に車を 止め、堤防に並んで座った」 |
(波の音、遠くを行く船。釣りを楽しむ家族の声) |
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伸彦 |
「いつ帰るの?実家」 |
みな子 |
「来週の火曜日」 |
伸彦 |
「火曜日か……送れないなぁ」 |
みな子 |
「いいよー見送りなんか」 |
伸彦 |
「…送りたかったんだけど……」 |
(二人、黙って海をみつめる) |
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みな子 |
「どうかしたの?」 |
伸彦 |
「何が?」 |
みな子 |
「何って…」 |
伸彦 |
「…うん………… おれ…………」 |
(伸彦遠くをみつめる。ポンポンと船の音) (激しい蝉時雨) |
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伸彦 |
[みなちゃん、大丈夫だよね。浅間山のようにしっか り生きていけるよね。] |
みな子 |
「見慣れた文字が涙でにじんだ。 絵葉書を返すと、まっ青な空にくっきりと稜線を描 いた浅間山がそびえていた。 ……しっかりなんか…… …………浅間山のようになんか…… …………………生きていけないよ………」 |