第60話(97/05/23 ON AIR)
『飾り窓の女』 作:み群 杏子



 ある日突然俺の部屋にあいつがやって
きた。どこからだって?大通りの角にあ
る雑貨店のショーウィンドウからさ。
あのショーウィンドウの中に、君みた
いな人、いたっけ?
わたし、人じゃないもの。
人じゃない… って…
わたし、絵なの。
 絵… そういえば、綺麗な女の絵が一枚
飾ってあったっけ。つまりあいつは、ショ
ーウィンドウにディスプレイされていた額
縁の中から、俺の部屋にやってきたって言
うんだ。
 あなた、いつもものほしそうに、私のこ
と、見てたでしょ。
 君のことを見てたんじゃないよ。君と一
緒に飾ってあったコーヒーカップがほしい
なと思ってたんだよ。
 あnカップならもってきてあげたわ。ほ
ら。
 あいつはすました顔で、お茶を入れてい
た。気がつけばチェックのクロスの下のテ
ーブルも、学生時代から使っている安物で
はなくて、あの店にあった、アンティーク
風のかっこいいやつだ。それだけじゃない。
飾りだなに、スタンド、ソファ… この
部屋中が、あのショーウィンドウの中みた
いになってるじゃないか。
なんで、俺なんかの所に来たの?
 実は、もう一人候補者がいたの。あなた
と同じ目をして私のことを見てくれてたん
だけど、すっごいおじいちゃんだったのよ
ね。私だって人を選ぶ権利あるわよ。結婚
するなら若い方がいいわ。
けっこんだって!?
 そ。これ、私のお嫁入りの道具よ。よろ
しくね。
 … もしかして、隣の部屋には、ベッド
が入ってなんてこと…
よくわかったわね。
 ふすまをあければ、いつもの万年床のあ
った場所に、あの店の奥にあったベッドが
でんと置かれていたのには驚いた。ベッド
は渋いチェックのカバーやシーツで覆われ
ている。
 お気に召して? それ、ラルフローレン
よ。
お気に召してって、あんまりじゃないか。
 どうして? あなたいつも、お店に来て
は、こんなベッドでねむりたいって、思っ
てたんでしょ。知ってるのよ。
 そりゃ、思ってたけど… でも、俺はま
だ、結婚なんかしたくないんだよ。就職だ
って、したとこだし、やりたいことだって
いっぱいあるしさ。
 結婚したって、やりたいことはできるわ
よ。
 だけど、俺にだって選ぶ権利はあると思
うけど。何も好きこのんで、額縁の中の女
と結婚なんかしなくたってさ。… 悪いけ
ど、出ていってくれないかな。
 ひどい! やっぱりあのおじいちゃんに
しておけばよかった。あの人だったら、私
を追い出したりなんかしないわ。連れ合い
は死んじゃってるし、二人の子供も独立し
て遠くに行ってしまっているんですもの。
私のこと、大切にしてくるはずだわ。
 だったら、そうすればいいじゃないか。
今からでも間に合うよ。よかったら俺が連
れていってやろうか。
けっこうよ。自分で行けるから。
 あいつが怒って部屋中の荷物と一緒に出
ていったあと、俺はちょっぴり後悔した。
あのラルフローレンのベッドで抱いてみた
らどんなだっただろう。
今も、ショーウィンドウの前を通るたび
にあいつのことを思い出すんだ。ウィンド
ウのディスプレイはあの日とはすっかり変
わって、春らしく変わっていた。白木のテ
ーブルに、白い花ばかりを生けた硝子の花
瓶。そしてその横に、小さな陶器の人形が
飾られている。
お、なかなか可愛いじゃないか。
ほうんとうに、可愛い?
え?
 こっちよ、こっち。ほら、あなたの目の
前。