第60話(97/05/23 ON AIR) | ||
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『飾り窓の女』 | 作:み群 杏子 |
男 |
ある日突然俺の部屋にあいつがやって きた。どこからだって?大通りの角にあ る雑貨店のショーウィンドウからさ。 あのショーウィンドウの中に、君みた いな人、いたっけ? |
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女 |
わたし、人じゃないもの。 |
男 |
人じゃない… って… |
女 |
わたし、絵なの。 |
男 |
絵… そういえば、綺麗な女の絵が一枚 飾ってあったっけ。つまりあいつは、ショ ーウィンドウにディスプレイされていた額 縁の中から、俺の部屋にやってきたって言 うんだ。 |
女 |
あなた、いつもものほしそうに、私のこ と、見てたでしょ。 |
男 |
君のことを見てたんじゃないよ。君と一 緒に飾ってあったコーヒーカップがほしい なと思ってたんだよ。 |
女 |
あnカップならもってきてあげたわ。ほ ら。 |
男 |
あいつはすました顔で、お茶を入れてい た。気がつけばチェックのクロスの下のテ ーブルも、学生時代から使っている安物で はなくて、あの店にあった、アンティーク 風のかっこいいやつだ。それだけじゃない。 飾りだなに、スタンド、ソファ… この 部屋中が、あのショーウィンドウの中みた いになってるじゃないか。 なんで、俺なんかの所に来たの? |
女 |
実は、もう一人候補者がいたの。あなた と同じ目をして私のことを見てくれてたん だけど、すっごいおじいちゃんだったのよ ね。私だって人を選ぶ権利あるわよ。結婚 するなら若い方がいいわ。 |
男 |
けっこんだって!? |
女 |
そ。これ、私のお嫁入りの道具よ。よろ しくね。 |
男 |
… もしかして、隣の部屋には、ベッド が入ってなんてこと… |
女 |
よくわかったわね。 |
男 |
ふすまをあければ、いつもの万年床のあ った場所に、あの店の奥にあったベッドが でんと置かれていたのには驚いた。ベッド は渋いチェックのカバーやシーツで覆われ ている。 |
女 |
お気に召して? それ、ラルフローレン よ。 |
男 |
お気に召してって、あんまりじゃないか。 |
女 |
どうして? あなたいつも、お店に来て は、こんなベッドでねむりたいって、思っ てたんでしょ。知ってるのよ。 |
男 |
そりゃ、思ってたけど… でも、俺はま だ、結婚なんかしたくないんだよ。就職だ って、したとこだし、やりたいことだって いっぱいあるしさ。 |
女 |
結婚したって、やりたいことはできるわ よ。 |
男 |
だけど、俺にだって選ぶ権利はあると思 うけど。何も好きこのんで、額縁の中の女 と結婚なんかしなくたってさ。… 悪いけ ど、出ていってくれないかな。 |
女 |
ひどい! やっぱりあのおじいちゃんに しておけばよかった。あの人だったら、私 を追い出したりなんかしないわ。連れ合い は死んじゃってるし、二人の子供も独立し て遠くに行ってしまっているんですもの。 私のこと、大切にしてくるはずだわ。 |
男 |
だったら、そうすればいいじゃないか。 今からでも間に合うよ。よかったら俺が連 れていってやろうか。 |
女 |
けっこうよ。自分で行けるから。 |
男 |
あいつが怒って部屋中の荷物と一緒に出 ていったあと、俺はちょっぴり後悔した。 あのラルフローレンのベッドで抱いてみた らどんなだっただろう。 今も、ショーウィンドウの前を通るたび にあいつのことを思い出すんだ。ウィンド ウのディスプレイはあの日とはすっかり変 わって、春らしく変わっていた。白木のテ ーブルに、白い花ばかりを生けた硝子の花 瓶。そしてその横に、小さな陶器の人形が 飾られている。 お、なかなか可愛いじゃないか。 |
女 |
ほうんとうに、可愛い? |
男 |
え? |
女 |
こっちよ、こっち。ほら、あなたの目の 前。 |