第58話(97/05/09 ON AIR) | ||
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『走って、女になる』 | 作:飛鳥 たまき |
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(郊外を流れる一級河川の土手。萌え出た緑が鮮やか。風が吹いている。 河川敷では少年野球の試合。 歓声が聞こえてくる。 息を切らせながら土手を走り上がってくる女の子) |
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風 |
「おっ、新顔だね」 |
みどり |
「…?…(まわりをキョロキョロ見る)誰?」 |
風 |
「おれ、風」 (風、ヒュルルーとみどりの体を風で包む。 みどり、黙って走る) |
風 |
「おいおい…蹴りはもっと小さく…」 |
みどり |
「………」 |
風 |
「……ほら、一、二、一、二……初めて?」 |
みどり |
「…そう」 |
風 |
「どこまで?」 |
みどり |
「…土手を走って、渚大橋をわたって、向こう岸を さかのぼって、上渚橋を渡って帰ってくる」 |
風 |
「…約六キロか…初心者にはちょっときついぞ」 |
みどり |
「………」 |
風 |
「三キロくらいから始めるほうがいいと思うよ」 |
みどり |
「……いいの」 |
風 |
「…リズム、リ・ズ・ム・……吸って吸って、はい てはいて……」 (みどりの息ずかいが荒くなる) |
みどり |
「…走るのよ。走って女になるの!」 |
風 |
「走って、女ねぇー……初めからとばすと続かない よ……もっとゆっくり…聞いてる?」 |
みどり |
「聞こえてるわ」 |
風 |
「足痛めるぞ…」 |
みどり |
「視線は十メートル先の地面を見つめて、栄光のゴ ールをイメージしながら走る。本にそう書いてあ ったわ」 |
風 |
「自分のペースで、走ること自身を楽しみながらっ てのもあるよ」 |
みどり |
「………(もごもごと)楽しんでるわ」 |
風 |
「そんなに必死になっちゃ駄目だよ」 (みどり、ますます息荒くなる) |
風 |
「せっかくの太陽だろう。せっかくの眺めだろう」 (遠くでトランペットを練習してる音。電車の響き) |
風 |
「…ようこそ、俺のなわばりへ。仲間を紹介するよ」 |
みどり |
「……」 |
風 |
「ほら、あそこ、土手の中ほど。あいつ、高校生に なったばかり。ブラスバンド部に入ったんだ。 毎日、練習にきてる。大分うまくなったー」 |
みどり |
「…光り輝く高校時代…」 |
風 |
「河川敷でやってる少年野球、『渚モールズ』って チームなんだけど、春の公式戦、3回戦まで勝ち 進んでたんだぜ。奇跡、奇跡だよ、これは」 |
みどり |
「優勝しそう?」 |
風 |
「そう。すごいだろ?……おっとー、リズム狂って きてるよ。吐いて…吸って…」 (野球の歓声) |
風 |
「俺、結構、味方してやってんだ。(ピュー)って ね……あーー渚大橋のとこ、君の仲間がきたぞ。 彼は走り始めて一年。一人前になってきたね」 |
みどり |
「一人前か……一人前、一人前…」 (みどり、ゆったり、リズミカルな走りになってく る) |
風 |
「草の緑がきれいだろ。この前の雨で一気にのびた んだ」 |
みどり |
「川向こうの山の木、ブロッコリーみたいよね」 |
風 |
「ブロッコリー?……なるほど。その調子、そ の調子、一、二、一、二……ブロッコリーね…そ う言われれば、山が急にころころしてくるんだよ ね…(ピューン)合格!君を『エンジョイ・ウイ ンド』クラブ会員として認めます。」 |
みどり |
「それって生意気じゃない?」 |
風 |
「……足がいい。すらりっとのびて…」 |
みどり |
「あーっ、どこ見てんのよー」 |
風 |
「ちがうよ、ちがうよ。筋肉ついたら、いい走りが できるなっておもってさ」 |
みどり |
「ほんと?ホノルルマラソン夢じゃない?」 |
風 |
「いいぞ!めざせホノルル!……一、二、一、二… その調子、その調子…リラックスして…」 (風、勢いよく吹く) |
みどり |
「完璧な女になって、あいつなんか…あいつなんか ……(だんだん泣き声になっていく)」 |
風 |
「おい、どうした?」 |
みどり |
「(涙声で)…なんでもない……」 |
風 |
「………一、二、一、二……走って女になるんだろ ……いい女になるんだろ…」 (渚大橋に平行にかかる鉄橋を電車が走ってくる) |
みどり |
「…………(鼻をすすりながら)一、二、一、二…」 (トランペットのスムーズなメロディーが聞こえて くる) |
風 |
「おう!…ペットも様になってきたぞ」 (大橋の上は四車線の道路。車が行き交う。 川から風が吹き上がってくる。 みどり、涙ふいて渚大橋を走っていく。 |
風 |
「(キュルルと急転回して)俺のなわばりここまで ー。こっからは一人で走れ。……リズムだぞ。リ ラックスだぞー。ホノルルだぞー!」 |
みどり |
「(振り返って)明日も伴走よろしくー」 (みどり、再び前を向いて走りながら手をふる。 大橋の上でランナーとすれ違う。 橋の上を風が吹きすぎていく) |