第53話(97/04/04 ON AIR) | ||
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『春・風の中で』 | 作:飛鳥 たまき |
ぼく |
恋を実らせる最良の方法は「素直にストレートに」 それがぼくのモットー。 けれど、ホキのまっすぐなまなざしに会うと、 何故かたじろいでいた。 |
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ホキ |
「日曜日、ひま?」と聞いた後、 あの人はあわてていいかえた。 「桜を見に行かない?」と。 続けて 「行こうよ」と。 |
ぼく |
つづら折りの桜並木は山頂の桜公園に続く。 ホキは桜ばかり見上げて、足元を気にしない。 危ない! ホキはつまづいてはよろけ、 思わずぼくの腕を取とる。 そのたびに、ぼくはときめいた。 |
ホキ |
揺れる花が好き。 薄紅色が好き。 見上げると青い空が透ける。 春霞みの中、目まで桜色に解けてしまいそう。 |
ぼく |
坂を登りきったところに小さな桜の園。 見下ろすと、かげろうのように揺れる高層ビル。 わきあがる街の喧噪。 桜は、もう満開。 強い風に花びらが舞う。 海の見えるところに、ぼくはホキと並んで座った。 |
ホキ |
わけもなく泣きたい日がある。 わけもなく笑いたい日がある。 私の心の中には海がある。 荒れ狂う嵐の日がある。 おだやかな凪の日がある。 風を起こすのは誰? 海を波立たせるのは何? 人はどうして愛さないではいられないのだろう・・・ |
ぼく |
ホキのことばは呪文のように、ぼくを包む。 いつの間にかホキの問いは、ぼくの問いになって いた。 人はどうして愛さないではいられないのだろう・・・ |
ぼく |
下りはまっすぐ近道を降りることにした。 草が踏まれて自然にできた細い急な坂道。 ぼくはごく自然にホキの手をとった。 手のひらにすっぽり入ってしまう小さな手。 ぼくたちはだんだん無口になっていった。 |
ホキ |
手のひらを通して、私はあの人の声を聞く。 私に答えることなどできない。 黙って、あの人の背中をみながら歩いていく。 |
ぼく |
下りの中ほどにある展望台。 海を見渡せるようにはりだしてある。 風がぱったり止んだ。海は波一つない。 夕暮れの、この時だけの静けさ。 ぼくたちはずっと昔からそうしていたように ならんで夕日を見ていた。 |
ホキ |
急な坂道は終わった。 でも、あの人は手をほどかない。 ・・・どうして?・・でも・・不思議な安心感。 ホキ、これは何? |
ぼく |
街はおぼろな月夜に包まれ、 ざわめきはもやにくぐもる。 春を告げるやわらかな夕焼け。 太陽は向かいの島の稜線を青くきわだたせた。 遠くで汽笛がなった。 |
ホキ |
汽笛がビルの間をぬって響いてくる。 手の温もりの中に かすかだけれど、はっきり声を聞く。 私は少し驚いてあの人の顔を盗み見る。 風は終わった。 海から風が勢いよく吹きあげてくる。 桜の花びらが空に舞う。 あの人は遠くをみつめたまま、手に力をこめた。 |