第48話 (97/02/28 ON AIR)
『最終電車』 作:平尾 くすこ




女、息を切らせて走って行く。でんしゃの発車を告げる笛の音。
アナウンス まもなく最終電車が発車いたします。お乗りの方はお急ぎください。
女  急がなきゃ。乗り遅れちゃう。
彼女を追い掛ける、もう一つの足音が重なる。
駅員 何言ってるんですか。切符買って乗るのが常識でしょう。
離してください。
アナウンス 最終電車が発車いたします。
電車が発車する音。
駅員 あ、
電車がどんどん遠ざかる音がする。
今の終電よ。どうしてくれるの。
駅員 だって、
こういう時にはとりあえず乗せてくれるのが常識じゃない。
あたし、家に帰れなくなっちゃったのよ。
駅員 だって、無賃乗車は、
誰が無賃乗車よ!人をまるで犯罪者みたいに。払わないなんて
言わなかったわ。状況考えなさいよね!ボケナス!
駅員 ボケナス?
ええボケナスよ。悪い?
駅員 ・・・状況判断違えたのは認めますけど、ボケナスってのは、
ボケナスじゃない。あんたのおかげで大迷惑だわ。あんたみた
いな融通のきかない人間はね、これからずっと電車に乗り遅れ
たままで終わるのよ。
駅員 ・・・乗り遅れたのはあんたじゃないですか。
あんたのせいじゃない。
駅員 ・・・でも、絶対この電車に乗らなきゃいけないなら、切符買
う余裕みて早めに出るとか、
人にはいろいろ事情があるのよ!何よ偉そうに!
駅員 だって、
あたし、あんたにまだ謝ってもらってないわよ。
駅員 ・・・。
謝んなさいよ!!
駅員 ・・・すみません。
・・・そう素直にくればいいのよ、最初から。あんたのその性
格で、いろいろ損してるんじゃない。
駅員 (ふてくされて)ええ。
女  やっぱり。
駅員 いけないと思ってるんだけど、ついつい言い訳言っちゃうんで
すよ。・・・ あれに乗らなかったら家に帰れないんですか?
もう、仕方ないわよ。冷えてきたわね。
駅員 ええ。タクシー拾います?
タクシーで行き着けない場所もあるのよ。
駅員 そうなんですか。すみません。
あーあ、乗り遅れちゃったんだ。なんでも人のせいにしてるの
あたしも同じかな。いらないケンカばっかり。
駅員 あの、これからどうするんですか。
どうしようかな。このホームで夜明し、なんて無理よね。
駅員 凍死しますよ。
そうかなあ。
駅員 行くとこ・・・ないんですか。
まあね。
駅員 それなら、僕、付き合いましょうか。
は?
駅員 こうなっちやたの、僕のせいだし、せめて、あの、話し
相手でもいたらって。あ、変な意味じゃないですよ。
(吹き出して)あんた、変な人ねえ。せっかくの申し出、
気持ちだけ受けとっとくわ。
駅員 どうするんですか。
帰る。何だか、張ってた意地が溶けちゃった。
駅員 え、もう帰れないんじゃ。僕のせいで、
ううん、あなたのおかげで帰れるのよ。さっきは当たり
散らしてごめんね。
駅員 あの、言ってる意味が、
あたし、さっき彼氏と大ゲンカしたの。すごくつまらな
いことでね。それで彼の部屋、この近くなんだけどね飛
び出して来たの。終電で家に帰るって叫んでね。心のど
こかじゃ馬鹿なことやってるの分かってるのに、カッカ
腹が立って、止まらなくて、駅まで走ってきちゃった。
駅員 そうだったんですか。
寒いところで引き止めてごめん。仕事の邪魔しちゃった
わね。
駅員 いいえ、そんなことないです。
ちょっとだけ素直になれたみたい。あたし行くわ。
駅員 あの・・・良かったですね。一緒に夜明しできなくてち
ょっと残念ですけど。
何言ってんのよ。さよなら。
駅員 さよなら。お気をつけて。
さよなら。・・・駅員さん、
駅員 え、
ありがとう。