第47話 (97/02/21 ON AIR)
『セカンドウェディング』 作:桐口 ゆずる



かな シンちゃん、アタシ、もう一度結婚式し
たいの。
音楽
しんじ カナがそう言いだしたのは、結婚して
二年ばかりたった頃だった。ボクは結婚生
活にずいぶん満足していた。ボクはカナが
そばにいてくれることを、喜びとし、カナ
を連れて人前に出かけれることが自慢だっ
た。けれど・・カナには、いつも影があっ
た。その影の重大さに、ボクは少し鈍感だ
ったのかもしれない。ウエディングドレス
を着てもニコリともしない花嫁の姿に、陰
口を叩く来客がいたことをボクは知ってい
た。喜びを表現できない花嫁に、花嫁の母
は泣いた。けれど、そんなことは、ボクと
カナの結婚にとってたいしたことじゃない。
なぜなら、ボクはカナを愛しているし、カ
ナだって・・・

音楽が止む
診療所の個室
かな シンちゃん、仕事忙しい?
しんじ あいかわらずや。残業ばっかり。毎日
ここにきてやりたいけどな。ごめんな。
かな ええんよ。
しんじ 面会時間、もうちょっと遅くまでやっ
たら、毎日来れるねんけどな。
かな そんなんあかんよ。会社あんねんから、
そんなことしてたら、シンちゃん、体壊す。
しんじ オレ、カナとずっといっしょにいたい
な。ここ、せっかく個室やねんから、泊ま
らしてくれたらええのに。な。
かな ほんまやね。シンちゃん、ご飯とか、ち
ゃんと食べてる?洗濯物たまってない?
しんじ 大丈夫や。オレ、こう見えてもマメや
から、けっこう楽しんでやってるよ。
かな ほんま?ラーメンばっかり食べてない?
しんじ 余計なこと心配すんなよ。今は病気を
直すことが一番大事やろ。調子、どう?
顔のはれ、だいぶマシになったんちゃう。
かな やっぱりマシになってる?よかった。
診療所のセイセが、ピークは過ぎたから、
もう一息やって。今日、センセ、慰めてく
れはってん。脱ステロイド、ようがんばっ
てるって。
しんじ ほんまに、カナ、ようがんばってると
思うで。痒いはずやのに、最近、掻いてな  
いやん。
かな ごほうび。
しんじ え?
かな ご・ほ・う・び!
しんじ よっしゃ。目つぶってみ。ごほうびに
愛のチューしたる。
かな あ、シンちゃん、安あげてる。
しんじ 給料前やからな。
かな (屈託なく笑う)
しんじ ボクはカナのアトピー性皮膚炎がこん
なにひどくなるものとは知らなかった。昨
日までかゆいと言ってたのが、朝起きると、
一晩で掻きむしった肌がただれ、仕事から
戻ると、じくじくと汁がたたっていた。
そして強烈な痒み。寝ている間にボリボリ
掻きむしる。そして目がさめると、掻きむ
しってしまった後悔におそわれる。毎晩そ  
の繰り返し。ボクは出来ることは進んでし
た。料理もしたし、皿も洗った。それでカ
ナのアトピーがましになるのなら。でも、
ボクのために家事さえ満足にできないこと
を苦にしたカナは極度のノイローゼに陥っ
てしまったのだった。ボクはすがるように、
カナをある診療所に入れた。
かな センセがね、なんにも心配すんなって、
夜寝られへんかったら、窓をあけて風にあ
たたったらええって。静かにやったら、廊
下を歩いてもええって。入院て、規則が堅
苦しいって思ってたけど、ここは自由やか
ら。アトピーに悪いこと以外は怒られへん
の。
しんじ よかったな、ここに入院できて。
かな うん。アタシ、きっと今さなぎなんやわ。
もうちょっと我慢したら、さなぎから蝶に
なって自由に空飛べるんやわ。
しんじ そうや、もうちょっとや。
かな 蝶になれたら、あたし、シンちゃんの肩
に止まろ。
しんじ ほんなら、肩に蜂蜜ぬって待っとくわ。
かな うん。待ってて。
しんじ オレはカナが青虫でもさなぎでも、蝶
でも、愛してんで。
かな 分かってるって。
シンちゃんはそういう人なのだ。分かっ
てる。でも、アタシはシンちゃんの愛にこ
たえることができない。自分を愛すること
ができない人は、人を愛することもできな
い。アタシは自分の肌がボロボロになって
いくのが嫌で、そんな自分を人に見せるの
も嫌いで、嫌な自分も嫌で・・アタシはきっ
と弱い人間なのだと思う。シンちゃんに甘
えることしかできない。そんな自分も嫌。
ダメだ、今はそんなこと考えちゃダメ。な
にも考えずに、やがて飛び立つ空の青さだ
けを夢みて、じっとさなぎの中にいなくて
は。
しんじ (なにか欲しいモンないか?なんか食
べたいモンとか。
かな ・・・・
しんじ 今度、土曜日に来るから、買ってくる
で。
かな ・・・・
しんじ 遠慮すんなって。
かな アタシ、シンちゃんにお願いがある。
しんじ なんや、改まって。
かな アトピーがきれいになおったら、もう一
度、ウエディングドレス着てもいい?今
度は笑顔で着れるような気がするの。内々
でいいの。でも、お父さんとお母さんには
もう一度アタシのウエディングドレス姿を
見せたいの。
しんじ カナ・・・
かな お願い。わがままなん、分かってるけど
お願い。
しんじ よっしゃ。明日から倍残業しよう。せ
っかくやんねんから、カナが一番似合うド
レス着やな。オレが結婚式代かせぐのと、
カナがアトピー治すんと、競争や。働くで
オレは!負けへんで!