X'mas Special (96/12/22 ON AIR)
『特 別 な 一 日』 作:松田 正隆

登場人物



早朝。消防自動車が近づいて来て止まる。
(ナレ) 「 朝方、アパートの前で消防自動車がとまった。びっくりして飛び起きたけど、別に大したことはなかった。どこかの部屋の警報装置の誤報だったらしい…。」
朝の電車。ラッシュアワー。
(ナレ) 「いつものように化粧をして、満員の電車に乗り、会社に行く。」

昼間のオフィスの喧噪。
(ナレ) 「同僚の女の子たちが、判で押したように同じことを聞いてくる。『今日…どうするの?』…。あ、そうか…。今日はクリスマス・イブだ。…忘れてた。」
夜。誰もいなくなったオフィスに女のたたくキーボードの音だけが
ひびいている。と、電話が鳴る。

(電話をとって)
「はい…そうです。…ああ はい、その件でしたら、…ええと、少々お待ちください。…データ処理した書類がございますんで、おりかえしFAXいたしますが…。はい…はい…。わかりました。…はい?部長ですか。…あいにく帰宅しておりまして……はい、はい、…営業の方もみんな出はらっておりまして、はい…。申し訳ありません…。」
(ナレ) 「…いつの年からだったろうか、私のクリスマスはひとりと決まっていた。今年も、会社で夜まで仕事をした。別に誰に頼まれるわけでもなかったが、いつの間にか仕事がまわって来た。パーティやデートに誘う男友だちもいないことはなかったが…何だか、どれも行く気がせず、…ぼんやり、うかうかしているうちに、みんなかえって行ってしまい、ひとりオフィスに残ってる自分がいた。…別に、悲しいというわけではない。今日が特別な一日であることの方がおかしいのだ…」
女、FAXで書類を送信作業している。
(ナレ) 「窓の外を見ると、雪が降っていた。…隣のビルの灯りが 一つだけ点いていて、雪がチラチラ舞うのが見えた。…そこではやっぱりひとりの男が作業しているようだった。」
「また、あいつだ…。」
(ナレ) 「その男は窓ぎわのデスクで、キーボードをたたいていた。…」
「あいつ……いっつも残業してるんだなあ…」
電話が鳴る。
(とって) 「はい…。何だ、ユウコ…。ええ?…ひとりだよ…。どうしてって…仕事だもん…。今どこ…。へえ…え?聞こえない…ええ、いいよ…。もう、今日は…、いいってば…。」
電車の音。
(ナレ) 「かえりの電車の中で、吊り皮につかまった男と目があった…。」
「あっ…あの…、どこかで、…お会いしてませんでした?…」
「さあ…どうかしら…」
「あ、…いや…すいません…。」
間。電車の音…。
(ナレ) 「…でも、どこかであってるかもしれませんよね。…デパートのエスカレーターですれ違ったとか、街角の交差点の信号待ちとか、…地下鉄の駅とか、映画館とか…。会社が隣同士で、窓の外ぼーっと見てたら、ある日あるとき、目があったとか…」
「…はあ…。…そうですね…」
(ナレ) 「おいおい…。…気づけよ…。どんかんなやつめ。」
「今日は、ご予定とかないんですか?」
「は?…」
「あ、いや…、今日は…クリスマスだから…」
「はあ…別に、これといって…」
間。電車の音…。
「…あなたは?」
「え?…私?…私は…今から…ちょっと……」
「そうですか…」
(ナレ) 「何言ってんだろ、私…」
間。窓の外の雪…かなりはげしく…。
「このぶんじゃ…雪、つもりますね…」
「ええ…。そうですね…」
「…明日の朝、大変だ…。」
「ええ…。」(笑う…)
電車、遠ざかってゆく。 1996.12.9
                       ENDING