X'mas Special (96/12/22 ON AIR)
『スノードーム』 作:み群 杏子

登場人物

1.男
2.女

 (ドアをあける。カランというカウベルの音。)
いらっしゃい。
そこは、テーブルが2つと、カウンターだけの小さな店だった。
店の隅の席に腰をおろすと、手の届く棚の上に、小さな半円球の
ガラスの置物が飾ってあった。ガラスの中には、一軒の家とサン
タクロース。
はい、コーヒー。

気になる? それ。
え?
いやに熱心に見てるから。
ええ。買ったの?
手に取ってみていいよ。
いいの?
振ってみて。
マスターに言われるまま、ひと振りすると、ガラスの中に、
雪が舞い上がった。
スノードームって言うんだ。
スノードーム… どこかで雪の降る音がする。
遠い日の、記憶のどこかで…
アメリカではポピュラーなおもちゃなんだってさ。映画や芝居の
小道具にもよく使われているらしいよ。スノードームの雪が舞うと、
舞台一面雪になって、次の話に変わるって感じでさ。

見て。この家、大きな窓から中の様子が手に取るようにわかるわよ。
暖炉には火が燃えて、テーブルの上にはお茶のセットが出してあ
って… ほら、小さなクリスマスツリーまで。靴下を吊るして、サンタ
クロースを待っているのね。

… なんだか不思議。すごく懐かしい感じがする。
いいな、家の前まで、もう、サンタクロースがやって来てる。
こいつ、煙突がなくて、入れないんだ。
ううん。ドアが開くのを待っているのよ。サンタクロースにドアを
あけることが出来るのはね、この家の小ささな女の子だけなのよ。
クリスマス、どうするの?
… クリスマスといっても、私には、何もすることがなかった。
三角関係のもつれから仕事をやめて、再就職のあてもないまま、
ふらふらと、無為な日々を過ごしていたのだ。
誘ってくれる友人も、迎える客もいない。行くあてもないまま、
私の足は、また、その店に向かっていた。灰色の街の中で、
そこだけが、私を暖めてくれる唯一の場所のような気がしていた。
(ドアをあける。カウベルの音。)
 … いったい、これは…
驚いたことに、店の中の様子は、いつもとはすっかりちがってい
たのだ。暖炉には火が燃え、テーブルの上にはお茶のセット。
小さなクリスマスツリーには、靴下が吊るしてある。窓の外では、
雪が、降り始めていた…

最近、あのこ、こなくなったけど、いい仕事でもみつかったのかな。
… あれ、このスノードーム、サンタクロースの向きが違ってる
ような気がするけど… 前は、そうだよ。
家のほうを向いていたんだ。これじゃ、まるで、用を済ませて帰ると
ころみたいじゃないか。…
(カウベルの音。)
おっと、お客だ。変なことを考えてないで、仕事、仕事っと。

いらっしゃい!

                            END