X'mas Special (96/12/22 ON AIR)
『Good bye,Santa Claus.』 作:冬乃 モミジ

登場人物

1.語る人
2.おじさん
3.その人

語る人 そこが何処だったのか、もう思い出せない。
静かな広い場所を、私は歩いていました。
足元に、丸い穴が開(あ)いていました。入ってみました。思
ったよりも深くて、窮屈で、私は怖くなりました。いつの間に
か外へ出ていた事も気付かずに泣いていると、白い服を着たお
じさんがやって来て言いました。

おじさん 「おめでとう、おじょうさん。」
語る人 私はちょっとほっとして「有難う」といいました。

    ■

語る人 見上げると何処までも高い高い空です。
鳥が飛んでいます。上へ上へ、高く高く。
私は地面を蹴ってみました。一瞬体が浮いて、すぐにドスンと
転びます。何度も繰り返しているとなんだか楽しくなってきま
した。そしてある時、一瞬よりも、少し長い間、浮いたような
気がしました。

モスグリーンの服を着たおじさんがやって来て、言いました。

おじさん 「おめでとう、おじょうさん」

語る人 あのおじさんでした。私はとても嬉しくなりました。

    ■
語る人 丘をのぼって、坂をくだって、私は歩いています。曲がり角を
曲がって、三叉路は、ぐるっと見回して行く道を選び、私は歩
いています。
タンポポとスズランの咲く一本道で、私は走り出しました。風
が吹いていました。風に負けないくらい速く走りました。
芝生の丘をかけ上がるとそこは、とても見晴らしのいい場所で、
後ろからやっと風が追いついて、私の耳元を通り抜けて遠くへ
消えていきます。大きな声で「ヤッホー」と言うと、むこうか
ら、おじさんの声がしました。

「おめでとう、おじょうさん」

語る人 私はとても誇らしくなりました。
おじさんが、赤い服を着て、手を振っているのが見えました。

    ■
語る人 私は小さな正方形の上に両足をそろえて立っています。
周りは、一面深い霧で、私は一歩も動けないのです。
霧の下は、深い深い谷で、一歩踏み出せば真っ逆さまに落ちて
いくに違いない。
あるいは、ほんの30センチ下は柔らかな草の生えた地面で、こ
の身をを横たえて眠るのかもしれない。
けれど、私はどうすることもできないで立っています。
どうしてこんなことになったのかも、よく解っています。
頭の中で、その最初の一足(ひとあし)を思い出すと、胸の真
ん中あたりを何かが突き刺すようです。とても寒くて、心細く
て、足も背中も石のように冷たく固くなりました。

どれくらいたったのでしょう。
ついに私は、音もなく霧の中へ落ちていきました。
…いいえ、気がつくと、やはりそこは地面で、私の下には柔ら
かな草が生えていました。
青い服を着たおじさんが静かに微笑んで言いました。

「おめでとう、おじょうさん」

語る人 私は、大きな声で泣きました。ココロと体の疲れを全部涙に変
えて、大きな声で泣きました。
    ■

語る人 今は、ぼんやりと座り込んで、少しずつ霧の晴れていく、緑の
草原(くさはら)を見ています。

あれ、この人は誰でしょう?
目の前に、若い男の人がいます。なんという目で私を見ている
のでしょう。その人が今ここにいることが、私を安心させまし
た。その人は笑って言いました。

その人 「僕と一緒に暮らしましょう」

    ■

その人 「おはよう」
語る人 と、その人が言うので、私は朝が好きになりました。
その人 「ごちそうさま」
語る人 と、その人が言うので、私は料理が好きになりました。
その人 「ただいま。」
語る人 と、その人が言うので、私は夜さえ待ち遠しくなりました。

ある日の午後、あのおじさんが、別れを告げにやってきました。
とても地味な色の、品のいいタキシード。

おじさん 「あなたには、もう私が見えなくなるのでね。」
語る人 どうして?と尋ねる私に、答える代わりにこう言いました。
おじさん 「今度からは、あなた達の赤ちゃんに会いに来ますよ。沢山の
〈おめでとう〉を言うために。」
語る人 おじさんは、私のおなかのあたりを見て、ウインクをしました。

おじさん 「メリークリスマス、おじょうさん」
語る人 私は、とても優しい気持ちになりました。

   …メリークリスマス、サンタクロース

                        終