X'mas Special (96/12/22 ON AIR) | ||
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『Good bye,Santa Claus.』 | 作:冬乃 モミジ |
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語る人 |
そこが何処だったのか、もう思い出せない。 静かな広い場所を、私は歩いていました。 足元に、丸い穴が開(あ)いていました。入ってみました。思 ったよりも深くて、窮屈で、私は怖くなりました。いつの間に か外へ出ていた事も気付かずに泣いていると、白い服を着たお じさんがやって来て言いました。 |
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おじさん |
「おめでとう、おじょうさん。」 |
語る人 |
私はちょっとほっとして「有難う」といいました。 |
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語る人 |
見上げると何処までも高い高い空です。 鳥が飛んでいます。上へ上へ、高く高く。 私は地面を蹴ってみました。一瞬体が浮いて、すぐにドスンと 転びます。何度も繰り返しているとなんだか楽しくなってきま した。そしてある時、一瞬よりも、少し長い間、浮いたような 気がしました。 モスグリーンの服を着たおじさんがやって来て、言いました。 |
おじさん |
「おめでとう、おじょうさん」 |
語る人 |
あのおじさんでした。私はとても嬉しくなりました。 |
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語る人 |
丘をのぼって、坂をくだって、私は歩いています。曲がり角を 曲がって、三叉路は、ぐるっと見回して行く道を選び、私は歩 いています。 タンポポとスズランの咲く一本道で、私は走り出しました。風 が吹いていました。風に負けないくらい速く走りました。 芝生の丘をかけ上がるとそこは、とても見晴らしのいい場所で、 後ろからやっと風が追いついて、私の耳元を通り抜けて遠くへ 消えていきます。大きな声で「ヤッホー」と言うと、むこうか ら、おじさんの声がしました。 |
声 |
「おめでとう、おじょうさん」 |
語る人 |
私はとても誇らしくなりました。 おじさんが、赤い服を着て、手を振っているのが見えました。 |
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語る人 |
私は小さな正方形の上に両足をそろえて立っています。 周りは、一面深い霧で、私は一歩も動けないのです。 霧の下は、深い深い谷で、一歩踏み出せば真っ逆さまに落ちて いくに違いない。 あるいは、ほんの30センチ下は柔らかな草の生えた地面で、こ の身をを横たえて眠るのかもしれない。 けれど、私はどうすることもできないで立っています。 どうしてこんなことになったのかも、よく解っています。 頭の中で、その最初の一足(ひとあし)を思い出すと、胸の真 ん中あたりを何かが突き刺すようです。とても寒くて、心細く て、足も背中も石のように冷たく固くなりました。 どれくらいたったのでしょう。 ついに私は、音もなく霧の中へ落ちていきました。 …いいえ、気がつくと、やはりそこは地面で、私の下には柔ら かな草が生えていました。 青い服を着たおじさんが静かに微笑んで言いました。 |
声 |
「おめでとう、おじょうさん」 |
語る人 |
私は、大きな声で泣きました。ココロと体の疲れを全部涙に変 えて、大きな声で泣きました。 |
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語る人 |
今は、ぼんやりと座り込んで、少しずつ霧の晴れていく、緑の 草原(くさはら)を見ています。 あれ、この人は誰でしょう? 目の前に、若い男の人がいます。なんという目で私を見ている のでしょう。その人が今ここにいることが、私を安心させまし た。その人は笑って言いました。 |
その人 |
「僕と一緒に暮らしましょう」 |
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その人 |
「おはよう」 |
語る人 |
と、その人が言うので、私は朝が好きになりました。 |
その人 |
「ごちそうさま」 |
語る人 |
と、その人が言うので、私は料理が好きになりました。 |
その人 |
「ただいま。」 |
語る人 |
と、その人が言うので、私は夜さえ待ち遠しくなりました。 ある日の午後、あのおじさんが、別れを告げにやってきました。 とても地味な色の、品のいいタキシード。 |
おじさん |
「あなたには、もう私が見えなくなるのでね。」 |
語る人 |
どうして?と尋ねる私に、答える代わりにこう言いました。 |
おじさん |
「今度からは、あなた達の赤ちゃんに会いに来ますよ。沢山の 〈おめでとう〉を言うために。」 |
語る人 |
おじさんは、私のおなかのあたりを見て、ウインクをしました。 |
おじさん |
「メリークリスマス、おじょうさん」 |
語る人 |
私は、とても優しい気持ちになりました。 …メリークリスマス、サンタクロース 終 |