第37話 (96/12/13 ON AIR) | ||
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『サルじゃなかった』 | 作:桐口 ゆずる |
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病院の待合室 音楽 |
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武田 |
そうか、アホでも分かるか。 |
山田 |
うん、分かる。 |
武田 |
で、どんな感じなん? |
山田 |
だから、アホでも分かるんよ。 |
武田 |
ほんなら分からへんオレはアホ以下か。 |
山田 |
(笑って)ごめん、タケちゃんは男やからね。 そうやなくて、体験したら、分かるんよ。 |
武田 |
で、どんな感じやった? |
山田 |
そやから、あ、これが陣痛かって。 |
武田 |
…あんな、ヤマダ、経験したことないオレに分かるように言うてくれへんか。 |
山田 |
ごめん、アタシ、言葉知らんから…。 |
武田 |
まあ、ええわ。陣痛って、あれちゃうん、5分か10分おきに規則正しく 来るって言うよな。 |
山田 |
そう、それ! |
武田 |
なに? |
山田 |
体内時計。 |
武田 |
体内時計? |
山田 |
タイマーセットしたみたいなんよ、陣痛って。 |
武田 |
ああ、なるほどな、そう言うことか。 |
山田 |
そうなんよ、だから、アホでも分かるんよ。 |
武田 |
アホアホて、世の中の妊婦が聞いたら、怒るんとちゃうか。 |
山田 |
でも、ほんまやから。 |
武田 |
ヤマダと会うのは2年ぶりだった。連日の付き合いがたたって、体調を崩し、 ボクは医者にとうぶん酒を慎むように言われ、診察室を出たところで、見覚えの ある顔を見つけたのだった。高校卒業後も、近くに住んでいるせいか、時折、 街で偶然出逢った。いつになっても、お互いこだわりもなく話せる、そんな 友達だった。 ヤマダは産後の疲れか、少しやつれていたが、あいかわらず屈託なく笑い、 そしてよく喋った。 |
武田 |
そんでも、よかったよな、無事生まれて。 |
山田 |
でも、もうちょとで危なかってんで。 |
武田 |
危なかった! どうしたん? |
山田 |
アタシ、分娩室で生んでへんねんで。 |
武田 |
自慢してどうすんねん。 |
山田 |
だって、控え室で「もう、生まれそうです」って言ってんのに、センセは 「まだやな」とか言うて、看護婦さんと喋ってはってん。 |
武田 |
それ、ちょお、ひどいな。 |
山田 |
看護婦さんに「まだ、いきんだらダメですよ」って言われてんけど、アタシ、 いきみたかったんよ。我慢できひんの、もう、出したくて、出したくて。 |
武田 |
なんか、ウンコしたい時みたいやな。 |
山田 |
そう、それ! |
武田 |
うそォ!ちょっと赤んぼが可哀相とちゃうか。 |
山田 |
そんでも、そな感じやってんもん。ほんで、アタシ、我慢できひんかったから、 おもわず「ウ~ン!」て。 |
武田 |
おいおい。 |
山田 |
そしたら、旦那が「センセ、顔が頭が見えてきましたァ!」って、大声挙げて。 |
武田 |
ちょっと、待って、ヤマダの旦那、ずっと出てくるかどうか、ヤマダの、その、 アソコ、見張ってたん? |
山田 |
あたりまえやん。 |
武田 |
キツイな~。オレやったら、よう立ち会えへんかも知れへん。 |
山田 |
ウチの旦那も最初はそう言うてたよ。 |
武田 |
そやろなァ…ほんで、ツルリンて、生まれてしもたん。 |
山田 |
そんな簡単なわけないやん。 |
武田 |
大変やったん。 |
山田 |
当たりまえやろ。 |
武田 |
どんな風に? |
山田 |
それは、自分で体験し。 |
武田 |
オレ、男やから自分で産まれへんやん。 |
山田 |
タケちゃんて、ほんま変わってるな、自分は男や男や言うくせに、なんで、 こんな話、根掘り葉掘り聞きたがるん? |
武田 |
そやから、今後の為やんか。 |
山田 |
それやったら、ぜんたい立ち会い。ウチの旦那なんか、びびってた癖に、 生まれたら、涙流して感動してたで。 |
武田 |
やっぱりそなモンかな。 |
山田 |
そら、アタシかて女やから、旦那の気持ちがぜんぶ分かるわけやないけどさ。 |
武田 |
サルでも、やっぱりかわいいんやろな。 |
山田 |
サルちゃう。 |
武田 |
え、サルちゃうん? |
山田 |
子犬。 |
武田 |
犬?ハゲでくしゃくしゃとちゃうん。 |
山田 |
フサフサでぷりぷり。 |
武田 |
うそォ! |
山田 |
ほんま。 |
武田 |
旦那に似てるん? |
山田 |
失礼な! |
武田 |
冗談、冗談。そうか、サルちゃうか。 |
山田 |
産んだアタシが驚いた。 |
武田 |
おもろい! |
山田 |
あ、タケちゃんの薬、できたみたいよ。427番やったっけ。 |
武田 |
え~と(番号札を出して)そうやな。あ、ホンマに出来てるわ。 |
山田 |
じゃ。 |
武田 |
うん。 |
山田 |
一回、ウチに遊びにおいでよ。アタシ、どうせ暇にしてると思うし。 |
武田 |
おう、行くわ。 |
山田 |
体、ちょっとは気付けよ。 |
武田 |
…分かってる。 |
山田 |
アタシが言わんでも、奥さんにいっつも言われてるか。こりゃ、 失礼しました。 |
武田 |
オマエ、変われへんなぁ。 |
山田 |
へへ… |
音楽 山田が去るのを見送る武田。 |
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武田 |
両足を引きずるように、まるでスキー板を履いているかのように歩いて ゆくヤマダ。 その姿は痛々しくもあり、また、逞しくもあり、ボクはそんな彼女の姿を どう受け止めてよいのか、分からないのだった。 たしかに、ヤマダは無事子供を産んだ自信にあふれているようだった。 けれどそれは、気負いのないさらりとした自信だった。 「母は強し」いやいや、そんなありきたりな言葉で納得してはいけない。 ボクはもう一度遠ざかるヤマダの後ろ姿を見つめた。 ヤマダの姿に、ボクの妻の姿がかさなる。 ボクは妻の出産に立ち会う時、ヤマダの旦那のように、感動して目を潤ま せるのだろうか。どうも実感が湧かなかった。 そうだ、だからヤマダは言ったのだろう。 「ぜったい、立ち会え」と。 |