第29話 (96/10/18 ON AIR)
『卒業のあと』 作:松田 正隆

登場人物
1. 男
2. 女

- バスの中。走行音。
「どないするのん。」
「うん…。」
「考えてへんかったん…。」
「…うん。」
「…こんなウェディングドレスじゃ外も歩かれへん
やんか…。」
- 間。
「…買うて来るわ。何か…。」
「…どこで…。」
「どっか、そのへんで…。」
「…。お金あるの?」
「…お前、持ってへんの。」
「持ってるわけないやろ…。」
「…そら、そうやな…。」
- 車内アナウンス。「次は…」
  男 チャイムのボタンを押す。
「降ります、ここで!」(と女の手を引き)
「…ちょっと、どこ行くのん。…あ、ほら、こけるやんか…。」
- 二人、バスを降り、走り去るバスをあとにして、
  デパートへ走る。
「ねえ、どこ行くのん」
「デパート」
「ええ?」
- 二人入ってゆき階段を登りトイレへ。
  女子トイレのドアを開ける。

「どうする気なん?」

「ええから、ここにおって、すぐもどって来るから。」
- ドアを閉める音。
  男は走り去る。
(トイレの中で)「何なん、もう…。ついていけへんわ…。
自分勝手なんやから…」(と、ブツブツ…)
- やがて、ドアをノックする男。
「もう、おそいわ…」
- ジャーと水の流れる音。
「何してんの。早よ、…」
- と、ドア開き
「いや、だって、こんなとこおったら、何や…仕方ないやろ…。
そんな気になるやん。」
「これに着がえて」
「ああ、…。どうしたんこれ。
…悪いことばっかりしたらあかんで。」
「ええから、早よ」
「このドレスどうしよう」
「もう、そこにおいといたらええやん。
…オレ、屋上におるし…。」
- ドアを閉める。そのドアごしに、
「このさいやから、これ水に流したろか…。」
- 屋上。…子供たちなどの声…。遊技広場の音。
  眼下の町の雑踏の音がこもってのぼって来る。
「そやけど…ホンマにやるとは思わへんかったわ…。」
「オレかて、何や信じられへん。」
「手…ひいてくれたやろ…。式場で…、はなさんよ
うにって…必死やったん?…ちょっと汗ばんどった
で……。……。うれしかったけど…。」
「……。」
「むこうの親、ヤクザと関係あるんやで…。」
「え、ウソ」
「ホンマや…知らんかったん?」
「……知らんかった…」
「…どないすんの。これから…」
「知らん……先のことは…。」
「知らんて……。…そんなん、あかんやん……」
- 間。
「カスミ食っては生きていけへんねんで。」
「……。」
- 間。
「……家ばかりやな……。」
「……。」
「これだけの数、結婚したヤツらがおんねんなあ……。
…家も…これだけ集まったら……。」
- 間
「おなかへったわ。」
「……。」
「へらへん、おなか…。」
「……。へってる場合やないやろ。」
- 間
「あ、百円みっけ……。」
- と、女、拾う。そして、自動販売機で、
  缶ジュースを買う。リングを開け、女、ごくごくと
  飲む。
「……飲む?」
「うん…。」
- デパートの屋上。ベンチの二人。
  街の喧噪が再び、たちのぼって……。
      -1996年10月4日