第28話(97/10/11 ON AIR)
『いつか』 作:飛鳥 たまき

登場人物

アン(モデル)
俺(ショウの進行)


(ショウの前、人のざわめき)
(ショウが始まる 音楽)
(俺) 始まったぞ。舞台そで、音響、照明、楽屋、
緊張がみなぎる。インカムを通して、
ショウにかかわる全ての人の息遣いが鋭くなるの
を感じる。
暗闇の中、ぼくのペンライトをたよりに
アンがステージの中央でポーズをとる。
ライトが徐々にあがり、アン一人が浮かび上がる。
スレンダーなドレスの中のしなやかな体。
キリッとした瞳はステージの向こうの一点を凝視
めている。
アン 「パリに行こうと思ってるの」
「パリ?」
アン 「そう、決めたの。パリへ行くって」
「…いつ?…」
アン 「十一月。」
「十一月?」
アン 「そう。十一月始め」
(俺) アンは出発前、ステージのそでに立ちキット口を
閉じる。神経を耳に集め、リズムを体全体で受け
止める。自分だけの孤独な時間。
そして、「GO!」。スタンバイをかけていた俺
は手をおろし、アンを送り出す。
プレッシャーをプライドに変える一瞬。
その鮮やかさに俺はいつも身震いする。
(俺) リハーサル。
「シーンイメージは『うぬぼれ』」
演出家の言葉にモデルたちはざわめく。
俺にとっても緊張のシーン。このシーン、俺の選
んだ曲が初めて採用されたのだ。
今回、トップに抜擢されたアンの見せ場。
ラスト四十五秒、七メートル四方。
アンは少し歩いて、立ち止まって、又、
歩いてみる。
みんなの視線が集まる。
アン 「むずかしいよね」
(俺) 進行の俺だけが耳にすることができる
モデルのつぶやき。
アンと初めて仕事をしたのは一年前。
年に一度のコレクション。
客席は立ち見のでる盛況だった。
俺は緊張でのどがからからだった。
アン 『初めてなの、こんな大きなコレクション』
『そうなの?俺も初めて』
アン 『ふふ…よかったー仲間がいて…ああ…どう
 しよう。ドキドキする』
『大丈夫だよ、すっごくきれいだもん』
アン 『ありがとう』
(俺) シーンは『うぬぼれ』
ステージはルビー色に染められている。
魂を揺さぶるリズム。
胸から下へ布を巻き付けただけのような
真紅のドレス。
歩くたびに布が微妙にゆれる。
肩にかけた薄い大きなストールが生き物のように
アンの体にまとわりつく。
挑戦的な瞳が客席を射貫く。
アンは四五秒のしめくくりに、
ストールでゆっくり全身をかくした。
「パリって…あてはあるの?」
アン 「ううん……でも、今しかないって思ったの」
「そうか…」
アン 「世界の舞台に立ってみたいの」
「うん。君なら……がんばれよ」
アン 「ありがとう。一生懸命やる」
(音楽変わる)
(俺) フィナーレ。
アンは微笑む。
「舞台に立つのが楽しいの」
「うれしくてたまらないの」と。
ステージのパネルの裏で、俺はほっと息をはき、
リズムに身をゆだねる
(音楽の高まりと拍手。
おつかれさん!やったねー。ブラボーの声)
(俺) アンが飛び込んでくる。
興奮と喜びでほてった顔。
俺の頭にステージが浮かぶ。
俺の演出で、世界のモデルとなったアンが
ステージにたつ。
歓声はアンと俺へのはなむけだ。