第25話 (96/09/20 ON AIR)
『風の町へ』 作:水こし 町子


北海道の地図をひろげる
だれもが知っている
札幌とか函館、小樽ではなくて
だれもわざわざ観光のために行かない
電車の線路もなく
一日に朝と昼と夜
三本しかバスの来ないところ
いけどもいけども
原生林が続いて
なんてよむのか
チンプンカンのアイヌ語の
バスの停留所を
いくつも通り過ぎて
もういいかげんバスに乗っているのが
いやになった頃
おりるんだ
でも
おりてもなんにもない
バスは海べりを走るのよね
山が海までせまっているから
トンネルがおおい
あっ あぶない
落石注意よ
ぼくはこんな旅がすきだ
国道が二本にわかれている
バスのターミナル
バスをおりた前の道に
時計屋
雑貨屋
洋品店
なぜかおおきな写真屋
その隣に旅館
腰の曲がったおばあさんが
でてきて
住所と名前をかいてくださいな
その住所をみてから
おばあさんは 必ず言うんだ
まあ!遠いところから
おいでなさった
冷たいリンゴジュースでも
できたら宿代は前払いで
お願いします
年をとって
まかないが出来ませんから
食事はつくれません
すみませんねえ
七十才ぐらいのおばあさんは
わたしの知っている
どのおばあさんよりも
味がある
そのおばあさんとも
もう二度と合うことがない
旅ってそうなんだよね
バスの隣にすわって
ずっと前からの
仲良しのようにおもえても
それは旅をしている
ぼくたちが
人恋しいからなんだ
次の日もまた
知らない町にむかって
知らない町だと思っているのは
わるいよね
一軒しか家がなくても
その家の息子は都会に出ていて
そう
息子が五人
娘が三人
娘の一人はモロッコの人と結婚していて
カナダにすんでいる
息子たちは東京や大阪にいる
そうね
この町を私たちが知らないだけね
この町はなんて読むんだろう
弁慶は平泉で
体中に槍をうけて死んだはずなのに
ほら
弁慶の刀かけ岩
あっ
弁慶岬もある
義経がアイヌの娘と恋をしたって
聞いたことがあるわ
ロマンチックねえ
じゃあ
この町へ二人でいつか
行きたいな
すっつ(寿都)ちょう
風の町とかいてある
風の町なんて誰が考えたんだろう
ぼくたちの地図の旅
オホーツクからの北風のふくまえに