第18話 (96/08/02 ON AIR) | ||
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『湖畔のふたり』 | 作:松田 正隆 |
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谷間の静かな温泉宿。その部屋。 8月のある夕暮れ。窓の近くの椅子に座っている 若い男。浴衣を来ている若い女。 |
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女 | ねぇ。帯ってこれでいいの。 |
男 | いいんじゃない。 |
女 | こんな結び方で? |
男 | いいって |
女 | おかしくない? |
男 | おかしくないよ。 |
女 | 浴衣、着ないの? |
男 | …いいよ、このままで。 |
女 | 何やってるの?…何パズル? |
男 | え…うん…。 |
女 | よくそんなの持ってくるひまあったわね。 |
男 | バカ、ここに置いてあったんだよ。 |
女 | ね、お風呂、行こうよ…。 |
男 | …うん…。 |
間。女、窓を開ける。そして、しばらく外を見る。 |
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女 | …行かないの?せっかく温泉まで来たのに…。 |
男 | 行くって、ちょっと待ってよ…。 |
女 | …。 |
間。 |
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女 | ね、あれ、なんて山?。 |
男 | え?…何とか冨士っていうんじゃないの。冨士山みたいだから…。 |
女 | …大きいね…。高いね…。上の方、雲で見えないもん…。 |
男 | …なあ…。 |
女 | うん? |
男 | ほら、…渡さなくていいの? |
女 | 何? |
男 | さっきの宿の人、女中さんっていうの…。 |
女 | 何を… |
男 | お金包んで…。渡すんじゃないの? |
女 | ああ… |
男 | いいの、しなくて…。するもんじゃないの? こういうとこって。 |
女 | うん… |
男 | いくらぐらいなんだろう…。 |
女 | …。いいよ、お金ないし、…若いんだから、私たち。 あんなこと、中年のおじさんがやることよ。 …知らんふりしてりゃ いいわよ。 |
男 | いや、でも、いいのかなぁ |
女 | いいわよ。 |
女、サンダルをはいてベランダに出る。 |
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女 | …ああ、気持ちいい…。(と、のびをして、手すりに寄りかかる) ねぇ、ねぇ…湖、まだ、ボートに乗ってる人がいるよ。 |
男 | …へぇ…。 |
女 | (振り返り)もうやんないの? |
男 | え? |
女 | それ、…パズル。 |
男 | ああ、…うん。 |
女 | …どうしたのよ。 |
男 | ええ? |
女 | 元気ないじゃない…。 |
男 | …そんなことないよ。 |
間。女はまた、山と湖の方を見る。 男は部屋からその後ろ姿を見つめている。 |
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女 | 今ごろ、みんな捜してるかな…。 |
男 | …うん…。 |
女 | …ね、見た、あの山、まだ、雪が残ってる。 |
男 | うん…。 |
女 | …静かだね。 |
男 | うん…。 |
女 | 遠くまで、来ちゃったね。 |
男 | …うん。 |
女 | 後悔してる? |
男 | してないよ。 |
女 | 本当? |
男 | うん。 |
女 | じゃ、このまま、ここで、死んでもいい? |
男 | …いいよ。 |
女 | (笑ってしまって)…本当? |
男 | 本当だよ。 |
女 | もう、誰にも会えないのよ。お父さんや、お母さんや、 ワタナベ君たちにも…。私、以外、誰にも…。 いいの? |
男 | ええ、どうして。 |
女 | (制して)ダメ、ダメなの。…それが決まりなの。ルールなの…。 |
男 | …。 |
女 | (真剣に)…私は、それでも死ねるわよ。 ここで、二人っきりで…あなたと…死ねるわよ。 |
女、男を見つめていたが…、やがて、湖の方へ向いて |
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女 | …明日、かえろっか。 |
男 | ええ? |
女 | やっぱ、いやよね。こんな淋しいとこ。 |
男 | …。 |
女 | だって、コンビニもないのよ。 |
男 | …何いってんだよ…。 |
女 | あ、今日、花火大会だよ。みんな、そっち行ってるかな。 私たちのことなんか忘れて…。ねえねえ…ここから見える 花火? |
男 | 見えるわけないだろう。 |
女 | 今年こそ、浴衣来て行こうって思っていたのに。 |
男 | …。来てるじゃない、浴衣…。 |
女 | こんなのじゃなくて。…お母さん、用意してくれてたのになぁ…。 こうやって、盆踊りにも行ってさ…。ね、うまいでしょ…。 (と踊って見せる) |
男 | うん。(と笑って) |
女 | このまま踊りながら、お風呂場行ったりしたら、 笑われるかな…。 |
男 | (笑いながら)いいんじゃない別に…。 |
女 | じゃ、あたし、先、行ってくるね。 |
と、言いつつ、女には踊りながら遠ざかる。 男は、それを見ながら笑っている。しかし、だんだん 笑えなくなって…、ため息をつく…。 |