第10話 (96/06/07 ON AIR) | ||
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『女、棄てるなよ』 | 作:桐口 ゆずる |
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ふたりの自宅で 風呂上がりの妻が、姿見の前でボディービルまがいの ポーズをとっている。 |
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妻 | ん…あれ…ん… |
夫 | 湯冷めすんぞ。 |
妻 | 分かってるけど…ありゃ… |
夫 | オマエな、風呂上がりに鏡の前でボディービルすんなよ。 |
妻 | 分からへん? |
夫 | なにが?。 |
妻 | ほら、力瘤。触ってみて。 |
夫 | なに、…あ。 |
妻 | な。 |
夫 | 固いやん。どないしてん。 |
妻 | たったひと月でこんななるんやね。 |
夫 | そうか。やっばり肉体労働がきいてんねんな。 |
妻 | 一日中、重いもんばっかり運んでるから もう、身体中バキバキやわ。 |
夫 | 藁の束とか、でかいんやろ。 |
妻 | きっと50キロか60キロあるわ。 |
夫 | それでも楽しいか、馬の世話。 |
妻 | 楽しんでる余裕はありません。 新米厩務員は、餌運んで、水換えて、古いおが屑、 新しいのにいれかえて、必死のパッチです。 |
夫 | 馬は遠慮せんやろ。 |
妻 | 馬糞ボタボタ。おしっこは滝みたい。 |
夫 | 馬尿やないんか? |
妻 | バニョウ? |
夫 | 馬の尿やろ。馬糞に馬尿。 |
妻 | えー、言わへんよ。 |
夫 | そうか。 |
妻 | …ちょっとは悲しい? |
夫 | なにが? |
妻 | 厩の仕事始めて、1ヶ月でアタシの体これやろ。 一年か、二年したらどうなんねんやろ。 |
夫 | そら、な。 |
妻 | やっばり男は、女の繊細な体つきにそそられんねやろ。 |
夫 | 分かったようなこというなよ。 |
妻 | どないする?あたしが女らしい体つきやなくなって、なんかこう ムキムキのゴツゴツになったら。 |
夫 | あほ。結婚してもう何年や。 |
妻 | まだ三年です。中年みたいなこと言わんといて下さい。 |
夫 | そうやないよ。 |
妻 | なによ? |
夫 | 恋人同士みたいに、もうちゃらちゃらしてへんやろ。 |
妻 | 最近ご無沙汰やもんね。嫁さんが肉体労働で筋骨隆々に なっても気つかへんね。 |
夫 | あほ、蒲団入ったら、鼾かくんは誰や? |
妻 | え、鼾かいてる? |
夫 | 馬に似てきてるんと違うか。 |
妻 | いゃあ。どないしょう。 |
夫 | それだけ疲れてるんやろ。 |
妻 | そやけど、やっぱり額に汗して働くんは気持ちええよ。 なんかすがすがしいよ。 |
夫 | 最近オマエ、よく食べるもんな。 |
妻 | もう、御飯なんかおいしいおいしい。 |
夫 | オレ、見とれてるわ、最近。 |
妻 | 立場が逆やね。 |
夫 | なにが? |
妻 | 付き合い始めた時、アタシ言ったでしょ。 |
夫 | なに? |
妻 | 御飯、おいしそうに食べる人が好きやて。 |
夫 | …ああ、言うたな。 |
妻 | 最近、アタシの作る御飯、おいしくない? |
夫 | そんなことないよ。 |
妻 | ほんなら、なに? |
夫 | 慣れるやろ。 |
妻 | なに? |
夫 | 毎日食べてたら、当たり前みたいになるやろ。 |
妻 | そんなん、嫌やわ。 |
夫 | わがまま言うなよ。 |
妻 | アンタもなんか、スポーツしたら? |
夫 | なんや、急に。 |
妻 | 日曜日、言うたら、家でごろごろしてるだけやろ。 |
夫 | たまの休みぐらい、家でのんびりしたいやろ。 |
妻 | おなか出てきてるよ。 |
夫 | 男の勲章! |
妻 | いやぁー、開きなおってるわ。 |
夫 | ストレスかてあるやろ。おまえもOLやっててんから、分かるやろ。 |
妻 | そやから、ストレス解消に、なんかするんよ。ウチのクラブで 乗馬する。 |
夫 | 分かった。考えとく。 |
妻 | うーん、こうなったら、本気でリサ・ライオンとか 目指してみようかな。どう? |
夫 | 調子にのんなよ。無理しすぎて、腰でもいわしたらやばいやろ。 |
妻 | 分かってる。 |
夫 | 子供も産まなあかんねんから。 |
妻 | 気をつけます。 |
夫 | それから…。 |
妻 | なに? |
夫 | いや…。 |
妻 | なによ? |
夫 | 女、棄てんなよ。 |
妻 | …うん。 |
夫 | 早よ。パンツはけよ。 |
妻 | アンタが見てるから、サービス、サービス。 |
夫 | アホ…。 |