第1話 (96/04/05 ON AIR)
『初めの春に』 作:飛鳥 たまき

ぼく 今度あったら、今度こそ、と思っていた。
君を初めて見たあの日。
この冬一番の大雪、昼過ぎから降り出した雪は
またたく間に街を包んだ。
人通りの絶えた大通りで、
君はじっと空を見上げていた。
ホキ 底は深い深い穴のようだった。
その底から次々落ちてくる雪。
見上げているとすいこまれていくみたい。
雪の降る日、
ホキの胸にも雪がつもります。
ぼく だらしなく毎日を過ごしていた。
『付き合い悪いぞ』
何もかもが退屈で、
全てに意味をかんじられなかった。
ホキ 冬の地の底をトンと蹴るの。
それが合図。
冬は春に変わっていくわ。
ホキはそのかすかな音を、
はっきり聞く事が出来ます。
それがホキの特技。
ぼく じっとしていては何も変わらない。
スエットに着替え、部屋から走り出た。
外は静まりかえり、晴れた空には月が光っていた。
通りに沿って、左に左に折れながら走っていく。
途中木立に囲まれた小さな公園によった。
ホキ あったかいミルクティーを両手でだいて
月夜の散歩に出ました。
アパートのそばの公園。
冷たくとがった空気。
ふふふ…
ホキと同じような人、見つけました。
鉄棒相手に腕立て伏せ。
1かーい 2かーい 3かーい …
ぼく ふっきん 五十回、腕立て伏せ 三十回。
ストレッチをして、柔軟をして、
久しぶりの汗が心地いい。
ぼくは最初からわかっていた。
君はぶらんこでゆれながら、
ずっとぼくをみていた。
ホキ 空も木も公園も砂場も みんな群青色。
静かだったわ。
まるで海の中で波にゆられているみたい。
ホキは考えていました。
 「お月さま、きれい」
 「君はいつも見上げているんだね」
 「水の中にいるみたい」
 「どうしてそんなにまっすぐな、まなざしなんだろう」
 「魚になるのよ」
 「りんとしている」
 「あなたは… 砂にもぐりこんでいる魚。
  目だけキョロキョロ動いている。」    
 「君だけをみているんだ。」
 「ううん。ここは光の届かない海の底。
  もう何も見えないわ。耳をすませて!ほら…」
本当の恋ってどんな恋でしょうか。
ぼく 雨のにおいがする。今夜はやけにあたたかい。
あと五回、あと十回…。
腕立て伏せはもう八十回をこえた。
ぼくは何をまっていたのだろう。
雨がふりはじめた公園には誰もいない。
ホキ 今夜は雨。
電車の音が近くに聞こえる。
こんな夜は
好きな言葉を一つずつとりだしてみる。
…予感、期待…明日…
腕立て伏せの君も今夜はきっとお休み。
雨の音を聞きながらねむれるわ。
ぼく 雨はあがったらしい。
窓を開けるとほんのりあたたかい風。
息をするたびに細胞が一つずつ目覚めていった。
スエットパンツのうえはTシャツ一枚。
公園が近づくとトンと心臓がうちはじめた。
ホキ ホキはとっても元気です。
なんだかとってもうれしいのです。
水たまりには青い空が写っているし、
雪やなぎは黄緑だし、太陽は明るいし…
ぼく 今日こそ、声をかけよう。
ホキ きっと、あいさつするわ。
ぼく こんにちわ!
ホキ こんにちわ!