第232話 (2000/09/08 ON AIR) | ||
---|---|---|
『よるのなかのふたり』
|
作:大正まろん |
|
夜。 |
|
女 |
夜の海ってさ…。 |
男 |
何。 |
女 |
…なんだか大きな生き物みたいじゃない。 |
男 |
そうかな。 |
女 |
夜にね、母さんが、泳ぎに行こうっていうの。 |
男 |
えっ今晩? |
女 |
ううん、小さい頃。 |
男 |
そうしてまた? |
女 |
…昼間だと、日焼けするから。 |
男 |
だからって夜、泳ぎに行くの? |
女 |
本当はね…。 |
男 |
何。 |
女 |
ううん、なんでもない。 |
男 |
ん? |
女 |
昼間はとてもきれいなのよ。ブルーっていうより |
男 |
今は黒いだけだね。 |
女 |
うん。分かるかな、あの辺り、大きな岩があるのよ。 |
男 |
うーん、なんとなく。 |
女 |
あの岩から向こうからは、泳いじゃいけないの。 |
男 |
なんで。 |
女 |
波がきついから。 |
男 |
へーえ。 |
女 |
事故もあったし。 |
男 |
そうなんだ。もうちょっと時期が早けりゃな…。 |
女 |
泳げなくて残念? |
男 |
いや、まあ、お互い、8月は忙しかったからね。 |
女 |
テル君はあったわよね、お盆休み。 |
男 |
まあね、ヤエさん、忙しかったし。 |
女 |
うん。…ごめんね。 |
男 |
いやいいって、来年もあるんだし。 |
女 |
来年か。 |
二人は立ち止まる。 | |
男 |
ここらでいいかな? |
女 |
そうね、民家もないし。 |
男 |
行く夏を惜しんで、盛大にいきますか。 |
女 |
駄目よ、真夜中なんだから地味なのだけ。 |
男 |
真夜中ってまだ11時だよ。 |
女 |
この辺(あたり)じゃ、真夜中なの。 |
男 |
打ち上げ花火駄目? |
女 |
駄目。 |
男 |
ロケット花火も…。 |
女 |
駄目。明日にしましょ。今夜はね…これ、線香花火。 |
男 |
(不満そうに)はーい。 |
女 |
…私すきよ。そういう顔。 |
男 |
そういう顔ってどういう顔? |
女 |
暗くて、あんまり見えないけど、多分。 |
男 |
また、そうやって大人ぶる。 |
女 |
大人だもの。 |
男 |
3つしか違わないでしょ。 |
女 |
折角、好きって言ってあげたのに。 |
男 |
それはそれは、どうもありがと。(嫌みっぽく) |
女 |
テル君、ライターかして。 |
男 |
つけたげるよ。待ってね。 |
ライターを付けようとする男。 | |
男 |
あれ…風が…なんで、つかない? |
女 |
かしてみ。 |
男 |
ん。 |
女、器用に風をよけ、線香花火に火をつける。 | |
女 |
ほら付いた。テル君この花火で付けなよ。 |
女、火のついた線香花火を差し出す。 | |
男 |
いいって、自分で付けるから。 |
女 |
はいはい。 |
男 |
ライターかして。 |
女 | はい。 |
しばし花火を見つめる二人。 |
|
女 |
きれいだね。 |
男 |
ん、うん。 |
女 |
私ね、今でも浮輪がないと泳げないの。 |
男、少し笑う。 | |
女 |
笑ったな。 |
男 |
海のそばで育ったのに。 |
女 |
うん。 |
男 |
俺、水泳部。 |
女 |
だったよね。確か |
男 |
スイミング教室で教えてたし。 |
女 |
…一度溺れかけてから。 |
男 |
そうなんだ。 |
女 |
母さんと泳いでる時にね。 |
男 |
じゃあ夜? |
女 |
うん、夜の海で。 |
男 |
それって、かなり怖いよな。 |
女 |
違うの。 |
男 |
何が? |
女 |
溺れたから怖いんじゃなくて…。 |
男 |
ヤエさん、花火。球(たま)が、球、落っこちる。 |
線香花火の火球が落ちる。 | |
男 |
あーあ。 |
女 |
(平然と)落ちちゃったね。 |
男 |
だってヤエさん落ちないように工夫しないんだもん。 |
女 |
工夫って? |
男 |
微妙に、こう、斜めにして、バランスをとるんだって。 |
女 |
そんなことして、落ちてしまったらセツナイじゃない。 |
男 |
なんにもしないで落ちるのは、もっとセツナイじゃない。 |
女 |
じゃあ、テル君やって。 |
男 |
やりますよ。やりますとも。 |
ライターを擦る音。 | |
女 |
(笑って)ムキになっちゃって。 |
男 |
…(舌打ちして)なんで、つかないかな。 |
女 |
あの岩から向こうにね、行った事があるの。 |
男 |
え。 |
女 |
母さんがね、ズンズン沖へ泳いでいっちゃうから、 |
男 |
泳ぎ、教えてあげますから、帰ったら行きましょう、プール。 |
女 |
快感? |
男 |
へ? |
女 |
気持ちがよかったの。ああこのまま、私は海に食べられ |
男 |
気持ち、良かったんだ。 |
女 |
とってもね。 |
男 |
じゃ、本当は泳げるんだ。 |
女 |
どうかな。それから、浮輪を手放さないようにしてるから。 |
男 |
…ウミニタベラレナイヨウニ。 |
女 |
…うん。…気づくとね、母さんが、私をつかまえてた。 |
男 |
そう。 |
女 |
あれ以来、母さんは泳がなくなった。 |
男 |
…あのさ。 |
女 |
なに? |
男 |
俺は、なれないかな。 |
女 |
ん? |
男 |
ヤエさんの浮輪に。 |
女 |
(笑う) |
男 |
あーあ、、つまんないこと言っちゃった俺。 |
ライターをもてあそぶ男。 | |
女 |
来年は…。 |
男 |
え…あっ、ついた。花火、花火。 |
男、線香花火をさがし、火を付ける。 | |
女 |
(呟くように)一緒に泳げたらいいな。 |
燃え始める線香花火。 | |
男 |
今なんか言った? |
女 |
ううん、なんでもない。 |
男 |
(得意げに笑って)聞こえたもんね。 |
女 |
私もしようっと花火。 |
男 |
うん。 |
おわり |