第231話 (2000/09/01 ON AIR) | ||
---|---|---|
『さよなら』
|
作:久野那美 |
男 |
じいちゃんが亡くなって5年。 |
暑い。 セミの声が耳につく墓地。 手桶と柄杓を持った二人が墓前で掃除をしている。 水をかけたりして… やがて一段落。 |
|
母 |
めずらしいね。あんたが盆に帰ってくるなんて。 |
男 |
そう? |
母 |
そうよ。仕事仕事ってほとんど帰ってこない。電話してもいつもいない。身体壊して |
男 |
ばあちゃん、じいちゃんに会えたかな。 |
母 |
一緒に帰って来るんじゃない? |
男 |
もう来てるかな。 |
母 |
そのへんに来てるかも。 |
男 |
なんで盆に帰ってくるのかな。こっちは今暑いのに。 |
母 |
死んだ人はもう暑くないんじゃない? |
男 |
そうか。 |
ふたり、しばらく墓前に…。 やがて。 |
|
母 |
あんた、結婚しないの? |
男 |
何、突然。 |
母 |
だってめったに会わないから、会ったときに聞いとこうと思って。 |
男 |
…しないよ。まだ。 |
母 |
そう? |
男 |
しませんよ。まだまだ。 |
母 |
そう。どうして? |
男 |
まだ無理だよ。全然。 |
母 |
どうして? |
男 |
どうして…って…。この先どうなるかまだわからないのに…。無理に決まってるじゃない。 |
母 |
…(黙って、何か考えている) |
男 |
どうしたの? |
母 |
(笑っている) |
男 |
何? |
母 |
面白い話、教えてあげようか。 |
男 |
何? |
母 |
昔昔。あるところにひとりの若者がおりました。若者があるとき、ある娘に恋をしました。 |
男 |
…何?昔話? |
母 |
そう。昔話。 |
男 |
…なんで? |
母 |
思い出したから。 |
男 |
ふうん。…それで? |
母 |
一生懸命な若者の気持が伝わったのか、やがて娘もその若者のことを思うようになりました。 |
男 |
…あーそういうことか。でも…ほら。 |
母 |
けれども(無視して続ける)ある日。若者は娘に言いました。 |
男 |
…それでその女の子、なんて返事したの? |
母 |
娘は考えて、そして言いました。「それは約束ですか?」 |
男 |
…。 |
母 |
「ええ。この先どんなことがあっても。それだけは約束します。」若者は答えました。 |
男 |
…どうなったの? |
母 |
娘は若者と結婚し、長い長い時間を一緒に過ごしました。 |
男 |
…幸せになった? |
母 |
幸せなときもあったし、幸せでないときもありました。 |
男 |
じゃあその結婚…成功だったの?失敗だったの? |
母 |
成功だと思ったときも、失敗だと思ったときもありました。 |
男 |
それじゃあ… |
間 |
|
男 |
それでその約束は結局守られたの?……………あ… |
男はふと黙り込む。 寺の鐘が鳴る。 |
|
母 |
(笑っている)昔々。おじいちゃんがあんたよりも若かった頃の話。 |
男 |
……それじゃあ…。 |
母 |
うん。 |
男 |
なんで知ってるの? |
母 |
おばあちゃんに昔…。 |
男 |
なんか…かっこよすぎるよ。おじいちゃん。 |
母 |
律儀なひとだったからね。それがおじいちゃんのいいところ。 |
男 |
ばあちゃん、信じてたのかな。 |
母 |
だから結婚したんでしょ。 |
男 |
… |
母 |
参考になりますか? |
男 |
うーん。 |
母 |
別にまねしなくてもいいのよ。 |
男 |
しませんよ。 |
間 |
|
母 |
帰ろうか。 |
男 |
うん。 |
母 |
来年もまたおいで。 |
男 |
うん。たぶん。 |
鐘の音。夕刻が近づいている…。 | |
男 |
はみ出してたのは僕らの方だった。 |
終わり |