第230話 (2000/08/25 ON AIR) | ||
---|---|---|
『金魚がすくいは難しい』
|
作:四夜原茂 |
祭りのざわめき。太鼓や鐘。盆踊りか夏祭りのようだ。 |
|
女 |
ふう………どう? |
男 |
す、すごかった。驚いちゃったよ、オレ。 |
女 |
あー、やっぱ驚いた?私のこと無器用な女だと |
男 |
思ってたよ、そりゃ、キーボードは一本指だし、 |
女 |
ふふふ。そんな小さなこと、どうでもいいじゃないの。 |
男 |
うん。どうでもよく思えて来たよ。 |
女 |
ふふふ。ありがとう。さあ、今度はあなたの番よ。やってみて。 |
男 |
え?オレ?ダメダメ、オレなんかダメだよ。 |
女 |
だいじょうぶ。私が教えてあげるから、ね。 |
男 |
じゃ、やってみようかな。ちゃんと教えてよね、 |
女 |
はいはい。じゃあ、ここをやさしく持って。 |
男 |
こ、ここ? |
女 |
そう。そこ。あれれ、ちょっと力入ってるんじゃない。 |
男 |
力は…入ってますね。どうしよう。 |
女 |
あのね。失敗を恐がってちゃダメよ。みんな失敗しながら |
男 |
ナミエも? |
女 |
そう。私なんか何百回も失敗したのよ。 |
男 |
何百回も?そんなにやったの? |
女 |
そう。15才くらいの時にはじめてやって、それからヤミツキに |
男 |
はーい、じゃあまずこのあたりのやつを…。 |
女 |
あーっ。そ、そんないきなり。 |
男 |
え?だめ? |
女 |
だめよ、だめ、いきなりかき混ぜちゃダメ。 |
男 |
だって、ここにほら。 |
女 |
大きい!大きすぎるー! |
男 |
え?これ大っきいの? |
女 |
大きいわよ。いきなりそれじゃ大きすぎる。 |
男 |
だって大きい方がいいんじゃないの? |
女 |
もっとなじんでからにするのよ。いきなりそんな大きいのは無理。 |
男 |
あ、そう。じゃあ、こっちの方にするかな。 |
女 |
え?その黒いやつ? |
男 |
そう。 |
女 |
ダメダメ。黒いのはダメ。赤いやつにしてー。 |
男 |
だってほら目の前に |
女 |
ダメだって。黒いやつはビラビラがいっぱいついてて失敗しやすいのよ。 |
男 |
え?これ?こんな小さいやつでいいの? |
女 |
いいのよ。最初はそれくらいにしといて、だんだん大きいのにしてゆくの。 |
男 |
はーい。 |
女 |
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、そう、その調子。 |
男 |
はいはいやさしくね。 |
女 |
ちょっと待って!どうして前からやるの? |
男 |
え?うしろからやるもんなの? |
女 |
そう。初心者は、うしろからやった方がいいのよ。 |
男 |
はいはーい。あ、あ、あれ、あれ、あれ、あれー。 |
女 |
あせっちゃダメ。 |
男 |
だってうしろからだと、どんどん前に行っちゃって、 |
女 |
わかったわ、横からにしましょう。 |
男 |
横って?どうやって? |
女 |
だから、こうやって、この横からね、じわじわーって。 |
男 |
むつかしいこと言うなあ。この横から? |
女 |
あ、それと、もっと根元のほうを持った方がやりやすいわよ。 |
男 |
根元をしっかり持って。 |
女 |
やさしく持って。 |
男 |
ああ、やさしく持って…あれ?なんか変だよ。さっきまでピンと張ってた |
女 |
仕方ないのよ。それは。長いことやってるとそうなるもんなの。 |
男 |
大丈夫なの?こんなので。 |
女 |
そりゃピンと張ってる方がいいけど仕方ないじゃないの。 |
男 |
はーい。ゆっくり入れて、やさしく近づけてと…。 |
女 |
あ。いいよ、いいよ、すごくいい。 |
男 |
あ、いいかな? |
女 |
うん、じょうずよ、その調子でやるのよ。 |
男 |
それでこう横からじわじわーっと…。 |
女 |
そ、そこよ、そこ、そこ。いいわ、とってもいい。 |
男 |
えへへー。けっこううまいんだな、オレも。 |
女 |
あせっちゃダメよ。ここからが大切なの。 |
男 |
はいはーい、わかってますよ。フィニッシュを決めるわけでしょ。 |
女 |
そう。最後だけは素早く動かしていいのよ。ただし相手をよく見て、 |
男 |
わかりました。相手の動きに合わせて、素早くね。 |
女 |
あ、そこよ、今よ、今! |
男 |
今だ! |
女 |
あ!行く、行っちゃう! |
男 |
あ!行った!行ったよ! |
女 |
あー!! |
男 |
あー!! |
間 | |
女 |
はー。 |
男 |
ごめん。 |
女 |
いいのよ。はじめてだったんだし。 |
男 |
なんか、最後の最後に頭がまっ白になっちゃって…。 |
女 |
ええ、みんなそうなるらしいわ。 |
男 |
気がつくと体じゅうの筋肉という筋肉に力が入ってたみたいなんだ。 |
女 |
きにしなくてもいいのよ。またやればいいんだし。 |
男 |
…ちょっと聞いていい? |
女 |
なに? |
男 |
オレって、へたくそかな? |
女 |
…な…なに言ってるのよ、はじめてなんでしょ。はじめてにしては |
男 |
そうかな。 |
女 |
そうよ。もうちょっとよ。もう一回する? |
男 |
…う、うん。 |
女 |
ちょっと休憩しよっか。 |
男 |
いや、だいじょうぶ。もう一回する。 |
女 |
そう。 |
男 |
今度こそ、なんとかするよ。で、何かないかな? |
女 |
なにかって? |
男 |
アドバイス。 |
女 |
そうねえ、ちょっと難しいこと言っていい? |
男 |
うん。 |
女 |
あなたに欠けてるのはね…相手に対する愛情よ。 |
男 |
…愛情が…欠けてる…。 |
(おわり) |