第222話 (2000/06/30 ON AIR)
『まつりばやし』 作:深津 篤史

ざわめき。百貨店屋上。ビアガーデン。
ここ、いいですか
あ、ごめんなさい

いや、こんなとこに男一人ってのもあれですよね

私も

あ、いえ

女一人でビアガーデンっていうのもねえ
よけいヘンですよね

あ、いえ、その

仕事の帰りですか

まあ、はい

あ、すいませーん

ざわめき

忙しそうですね

すいません、注文…あらら

私、急ぎませんから、近くに来た時に

でも

どうぞ、その、のんでてください

はあ

ってやりにくいですよね

いや、その

すいませーん、あの…あ生ビール1つ

無愛想な奴だな

(少し笑って)仕事、何なさってるんですか

営業です。夏場は大変ですよ
そう

OA機器を取り扱ってるんですけど
いや、このご時世でしょ、中々、あ

はい

つまらないですよね、こんな話

いえ

もうちょっとこう楽しい話をできれば
あ、いや、別に何か下心がある訳では

あ、いえ、その
やっぱりヘンですよね、こんなとこで一人で

貴方は

貴方のお仕事とか

ドン、とジョッキをおいた音

乱暴な奴だな

女が少し笑った

怒るとマユ毛がピクピクするんですね

あ、いや、まあ

変わってない

ざわめきはきこえない

腹が立ったら怒ってもいいんだよ

君は

元気?

ええと

覚えてない、覚えてないよね
もうずいぶん昔の事だもの

昔って

今日は何日

7月…

なつかしいよね、あの頃

金魚すくい上手だったよね

金魚

おわんにいっぱいとってくれたでしょ

そういや、今日は

夏祭り

ああ、うん

二人で氷イチゴ食べたでしょ。
まっ赤な氷イチゴ、ビニール袋のまっ赤な金魚
覚えてる?

小学生の頃だっけ

そう

でも…

ねえ、聞こえる?

まつりばやし

うん

良かった

君は…

私の事は忘れちゃってていいよ
もう20年も前のことだもの

ごめん

女、少し笑ってジョッキを合わせた。
それを合図にざわめきは再び。

おい

ざわめき

覚えているのは、まっ赤な氷イチゴ
ビニール袋のまっ赤な金魚、
朝顔模様の浴衣姿の君の顔だけがぬけおちて…
まつりばやしは…