第218話 (2000/06/02 ON AIR) | ||
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『ゆっくり生きる男』
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作:花田 明子 |
登場人物 |
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石川(女) |
中川(男) |
そこは昼の忙しいピークからひと段落ついたうどん屋 |
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女主人の声 | がんちゃん、石川さん、休憩して。 |
中川 | ういーっす。おら、石川さん、それもう後、後。 |
石川 | あ、はい。 |
中川 | 休んでって言われたら、すぐ休む。これ忙しい店の鉄則ね。 |
石川 | あ、でもまだ洗い物、後ちょっと。 |
女主人の声 | あれ、それまだやってたの。 |
石川 | あ、すいません。 |
女主人の声 | 食べて、休んでからやっちゃって。 |
石川 | でも‥。 |
中川 | おかみさんの言う事はなんでもはいね。はいはーいってね。 |
石川 | あ、はい。 |
中川 | 先に喰おう。いつ混んでくるか分からないからさ。 |
石川 | あ、じゃあ。 |
中川 | (まかないをみて)お、今日、肉うどんじゃないっすか。 |
石川 | わあー。 |
中川 | まあ、すじ煮込みの残りだけど、これが上手いんだ。鍋ぞこのでさ。 |
石川 | へーえ。 |
中川 | それにダイコンの葉とさんしょの御飯か。 |
石川 | あ、いいですねえ。 |
中川 | よし、石川。つべこべ言わずにとにかく喰おう! |
石川 | はーい。 |
肉うどんをついだり、ご飯をよそう。 | |
中川 | あ、石川は水と熱いお茶、どっちがいい? |
石川 | あ、どっちでもいいです。 |
中川 | 何だそれ。 |
石川 | え? |
中川 | どっちがいいと俺は聞いたんだ。 |
石川 | あ、はい。 |
中川 | どっちだ。 |
石川 | では、熱いお茶を。 |
中川 | なら、最初からそう言え。 |
石川 | すいません。 |
中川 | あ、それからそれ、やめろ。 |
石川 | え? |
中川 | 何とかすいませんと言うの、やめろ。 |
石川 | あ、すいません。 |
中川 | おい。 |
石川 | あ、す‥‥申し訳ありません。 |
中川 | ‥‥ばか者、それも同じだ。 |
石川 | あー‥‥難しいですね。 |
二人、椅子を引いて、 | |
中川 | 何で。 |
石川 | ねえ、何か何かとすいません、すいません。言う癖がついちゃってて。。 |
中川 | そうか。 |
石川 | え。 |
中川 | なあ、おい。 |
石川 | はい? |
中川 | 頂きます、するぞ。 |
石川 | はい、いっせえのおで、いただ、 |
二人 | きます。 |
中川 | うん! |
と、中川、猛烈に食べ出す。 石川もふうふうしながらうどんを食べ出す。 |
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中川 | (食べつつ)お前、いくつだ? |
石川 | え? |
中川 | あ、最近女性に年齢を聞いちゃいけないんだったな。 |
石川 | え、どうしてですか? |
中川 | いや、セクハラなんだろう? |
石川、中川のような男気の人間に真面目に言われたので、笑って、 | |
石川 | 笑って)いえ、そんなことないです。28です。 |
中川 | おお、そうなのか。 |
石川 | ええ、もうけっこういっちゃってます。 |
中川 | ん?何がだ。 |
石川 | いえ、だから歳。 |
中川 | そうなのか? |
石川 | (笑って)そうなのか?ってだってそうでしょう?普通。 |
中川 | うーん。そうだったのか。 |
石川 | え?何ですか、それ。 |
中川 | いあ、だったら33をどう思う? |
石川 | え?何ですか? |
中川 | だから33の女性ってどうだ? |
石川 | どうだって言われても‥‥え、ちょっと言ってる意味が分からないんですけど。 |
中川 | うん、そうだな。ちょっと漠然としてるな。 |
石川 | ええ。ちょっとというよりかなり。 |
中川 | ふんふん。例えばだよ。 |
石川 | ええ。 |
中川 | 例えばお前に高校の頃からの彼氏が居たとしよう。 |
石川 | いませんよ。 |
中川 | なあ、石川。 |
石川 | はい。 |
中川 | 俺は今例えば‥‥とお前にいわなかったろうか? |
石川 | あ、そう言えば言いましたね。 |
中川 | そうだろう。そうだろう。先輩の言う事はよく聞け。 |
石川 | すいません。 |
中川 | もう一度初めから言うぞ。 |
石川 | ええ、どうぞ。 |
中川 | もし、お前に高校の頃からずっと付き合っていた彼氏がいるとする。 |
石川 | あれ、何かちょっとさっきと違う。 |
中川 | いしかわあ、 |
石川 | すいません。すいません。 |
中川 | あ、また。 |
石川 | あ、すいません。 |
中川 | うん…まあいいや。続けるぞ。 |
石川 | あ、どうぞ。 |
中川 | その彼氏と、どうやら気が付くと17年もいつのまにやら、付き合っていた。 |
石川 | えー17年? |
中川 | え?何だその反応は。 |
石川 | あ、すいません。 |
中川 | いや、すいませんはこの際いいから、どうしてそういう反応になったんだ? |
石川 | え、だって付き合いはじめてから17年でしょ? |
中川 | そうだね。かれこれそうなるね。 |
石川 | え? |
中川 | その例え話ではそうなるね。 |
石川 | ああ。だから?だって長いですもん。17年て。 |
中川 | まあな。いろんなことがあった。 |
石川 | ああ、くっついたり離れたり。 |
中川 | いや、それはなかった。 |
石川 | え? |
中川 | そういうことはなかった。 |
石川 | それ、おかしいですよ。 |
中川 | おかしくない。だってなかったんだ…その例え話の主人公達には。 |
石川 | あ…そうなのか。 |
中川 | そうだ。 |
石川 | 浮気も? |
中川 | 冗談言うな。 |
石川 | だって17年ですよ。 |
中川 | どちらもしていない。 |
石川 | 嘘だあー。 |
中川 | 嘘じゃない。…俺は知っている。 |
石川 | へー、信じられない。 |
中川 | 信じられなくても世界がびっくりしても俺は知っている。 |
石川 | へー。どうしてだろう… |
中川 | そんなの簡単なことじゃないか。 |
石川 | え?何ですか? |
中川 | そんなの簡単だよ。とーってもとーっても大好きだったからだよ 男は彼女のことが。 |
石川 | (疑わしそうに)えー。 |
中川 | だってそうなんだよ。高校の野球部で。男はキャッチャー。女はマネージャー。 |
石川 | あら、よくある話。 |
中川 | よくある話だったとしてもだ。一目惚れだった。 |
石川 | へーえ。 |
中川 | そのカップルに今、異変が起ころうとしている。 |
石川 | あらま、17年も続いたのに? |
中川 | なんと、そうだ。 |
石川 | 何があったんですか? |
中川 | 彼女の様子が変だ。 |
石川 | え? |
中川 | 最近、会って話していても遠い目をして私を見ている。 |
石川 | え? |
中川 | 何故だと思う? |
石川 | うーんと、実は薄々気づいてはいたんですけど、 |
中川 | うん。何だ。 |
石川 | それは中川さんと彼女のことなんですね。 |
中川 | …何で分かったんだ! |
石川 | 分かりますよ、だって遠い目をして私を見てるって言ったじゃないですか。 |
中川 | えー、俺が? |
石川 | ええ。 |
中川 | これは不覚。 |
石川 | 何言ってんですか。 |
中川 | まあいいや、恥ずかしいが話がしやすくなった。 |
石川 | …。 |
中川 | で、どう思う? |
石川 | そうですね…今までそういう遠い目をして中川さんを見ているってことはなかったんですね |
中川 | 一度もなかった。 |
石川 | ふんふん。 |
中川 | それにいつだって、がんちゃんがんちゃんと、私を愛情一杯呼んでいたのに、最近、中川君と言い出した。何故だろう。 |
石川 | はあ。何故でしょうね。 |
中川 | おい。俺が聞いてるんだから。 |
石川 | 彼女に直接聞いたらどうですか? |
中川 | お前は粗忽(そこつ)者か? |
石川 | え? |
中川 | そんなことができるなら、俺がお前に聞く必要がどこにある? |
石川 | なあるほど。なあるほど。 |
中川 | で、どう思う? |
石川 | ちなみにここで働きはじめてからずっと疑問だったんですが、なぜ中川さんはがんちゃんなんですか? |
中川 | ああ。頭のかたちがでこぼこで、坊主にすると頭が岩のように見えるからだ。 |
石川 | へーえ。 |
中川 | 高校時代、野球部だったから。さわってみるか? |
石川 | あ、ちょっと失礼して。(さわってみて)うわあーすごーい。 |
中川 | 一応、褒め言葉として受け取っておく。で、俺の質問に答えろ。何故彼女は遠い目を |
女主人の声 | がんちゃんがきらいになったんじゃなーい。 |
中川、椅子をがたんと倒し立ち上がって。 |
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中川 | なにーい!! |
石川 | え、ちょっと中川さん! |
中川 | (おかみに)え、そうなんですか?和子はそうなんですか?僕のことが嫌いになったんですか? |
中川、ゆっくりと座る。 | |
女主人 | さあね。それか、まあそろそろ結婚でもしたいんじゃないの? |
石川 | あーあ。そうですよね。17年ですもんね。 |
中川 | なにーい! |
再び、中川椅子を倒して立ち上がる。 | |
女主人 | ちょっとちょっと、がんちゃん、うちの椅子壊さないでよ。 |
中川 | そうだったのか。そうだったのか。ふんふん。 |
石川 | あれ、そっちには心当たりが? |
中川 | うん。いや最近、なぜか昔話ばかりしてきてたんだ、ね、もう知り合って17年ねとか何とか。 |
石川 | ええ。 |
中川 | 私もそうだね。一緒にいられて幸せだなと答える。 |
石川 | あらすてきな答え。 |
中川 | だろ?なのにその後に決まって遠い目で私を見て、私達ずっとこのままなのかな?と和子が聞く。 |
石川 | ええ。 |
中川 | すると俺がずっとこのままでいようなという。 |
石川 | あらら。 |
中川 | そうなんだよ。すると和子は再び遠い目をしてため息を付いてたんだ。 |
石川 | 最近…。 |
中川 | うん、ここ1年くらい。 |
石川 | え?1年。 |
中川 | そうだったのか…。 |
石川、笑い出す。 |
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中川 | 何だ?何だ?何がおかしいんだ? |
石川 | だって1年でしょ?最近って。 |
中川 | …俺は人よりゆっくり生きてるんだ。 |
石川 | え? |
中川 | 何かな、幸せも辛い事もゆっくりゆっくりやっていきたいんだ。 |
石川 | …。 |
中川 | おかしいか? |
石川 | いえ…何か…素敵です。 |
中川 | 本当か? |
石川 | ええ、はい。 |
中川 | ありがとう。 |
石川 | しばし、二人うどんをすする音。 と、中川、ふいに、椅子を立ち上がって、 |
中川 | よーし!俺は決めたぞ! |
石川 | え? |
中川 | するよ。結婚。もちろんさ!プロポーズ! |
石川 | (笑って)はい。 |
中川 | よし、近い内に。 |
石川 | あ。 |
中川 | え?何だ? |
石川 | 近い内…中川さん、これはちょっと。 |
中川 | もちろんだ。これはちょっと急いでする。もちろん、これはゆっくりはいかん! |
石川 | はい。 |
と、団体のお客が入ってきた。 |
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石川 | あ、団体さん。 |
中川 | 石川、休憩終わりだ! |
石川 | はい。 |
二人 | いらっしゃい!! |
おしまい |