第217話 (2000/05/26 ON AIR)
『ひどい話』

  

作:深津 篤史

大雨…。

女 

ああもう、

  女、ケータイのスイッチ入れた。
男の声 もしもし、名倉です。お電話ありがとうございます。
ただ今外出中につき電話に出られません。発信音のあとに

女、ケータイを切った。

女 

使えん男やなあ、全く。

女、タバコに火をつけた。

ラジオ入るかな。

女、ガチャガチャとスイッチを押す。ノイズ。

使えんラジオやな。こういう時は何やろ。

女、しばし考え、鼻歌をうたう。

あかん、余計気がめいる。こういう時は、あ、そうか。
女、大きな声で鼻歌をうたう。
こ、これは一人カラオケBOXやないかい。

外は大雨…。

さみしいなあ。あ、そういや駅前のゲーセンにそういうのある言うてたなあ。一曲50円のカラオケBOX。一人で歌う用。
けっこう利用客いるって。世の中はさみしいねんなあ。

外は大雨…。

水、入ってけえへんなあ。

ラジオのチューニング音。
って、何でここはこんなに浅いねん。
女が何かをけった音
港ってふつうもうちょっと深ないか?
こんな浅かったら船底に当たるやん。
女はもう一度けった。
かっこ悪いなあ。
と、突然ラジオから長唄がきこえた。
女、しばし聞きいる。女、ラジオのボリュームを少し下げ
こんばんは。深夜の貴方の時間です。みなさん、どんな深夜を過ごしていますか。
ゴポ…と波がきて、少しゆれた。
少し笑って)旭区の25才のOLさん、ペンネーム…ドザエモンさん、ひどいペンネームですねえ。からのお便りです。
みなさん、こんばんわ。つい先日男にふられました。腹いせに彼の愛車で大阪港にダイビングです。大阪港は思ったより浅いです。いえ、何かにひっかかっちゃって、まだお空が見えます。雨がふってます。星はみえません。
雨と波の音。
これまた珍しい深夜の過ごし方ですねえ。ところでドアはまだ開きますか。無駄に命をすててはなりません。ドアが開くなら、表に出てみましょう。あ、カナヅチだったらごめんなさい。 
女、しばし考える。
雨か、どうせぬれるしなあ。
女、ラジオのボリュームをあげる。
あわせて唄ってみる。
あかん、何ゆうてるんかわからへん。テーマソングにもならへんちゅうねん。何のテーマ?ちょっと早い海水浴。行ってない
なあ、海水浴。あいつと。あいつ、やるばっかしやもんなあ。
何であんなんと半年もつき合うてたんやろ。正解、私もすきもんやから。あかん、あかんて、25のまだ若い乙女がすきもん
なんて言葉使ったらあかん。
雨と波の音
これまた珍しい深夜の過ごし方ですねえ。ところでドアはまだ開きますか。無駄に命をすててはなりません。ドアが開くなら、
表に出てみましょう。あ、カナヅチだったらごめんなさい。
女、しばし考える。
雨か、どうせぬれるしなあ。
女、ラジオのボリュームをあげる。
あわせて唄ってみる。
あかん、何ゆうてるんかわからへん。テーマソングにもならへんちゅうねん。何のテーマ?ちょっと早い海水浴。行ってない なあ、海水浴。あいつと。あいつ、やるばっかしやもんなあ。
何であんなんと半年もつき合うてたんやろ。正解、私もすきもんやから。あかん、あかんて、25のまだ若い乙女がすきもん
なんて言葉使ったらあかん。
雨と波の音
ババくさい唄のせえやな。
女、ラジオ切った。
静かやま。
雨音は止んでいる。
って、これさっきより沈んでるやん。
雨音は止んでいる。
いや、それでええんやん。うん。当初の目的やってんから。
女、ラジオのスイッチを再び入れた。ノイズ。
旭区の「ドザエモン」さん。お便りありがとう。私はといえばですね、私も今、海にいます。真っ暗ですね。深夜ですから。波の音しかきこえません。何てゆうんでしょう。母なる海のゆりかごに抱かれてってやつでしょうか。何だかはずかしい事いってますね。これはやっぱりさみしいという事でしょうか。あ、お魚さんがいますねえ。見えませんけど。なんせ海ですから、お魚さんはいるはずです。私はお魚さんのエサになるんですねえ。これが自然なんだねえ。ゆうきゅうの営みなんだねえ。(と、シイナマコト調で)…なんでやねん。
女、ケータイに連絡した。
男の声 あ、もしもし、お前か
お前ゆうな
男の声 今、どこにおるねん。
つながるもんやな。
男の声 おい、俺の車は
なあ、あんたの車な
男の声 なんや
お魚さんのおウチになるんだねえ。
男の声
女、ケータイを切った。
さて、準備体操せんとな。足つったらあほらしいし、25才まだまだいける。