第216話 (2000/05/19 ON AIR)
『寄りそう二つの星の会話』

  

作:み群 杏子

たまには話でもしませんか。

女 

…(くすっと笑って)…なんだか…

男  なんですか?
こうやって、二人で並んでると、子供の頃を思い出すわ。
ほら、学校で、机、並べて座っていたでしょう。…

好きなこが隣に来たらうれしかったな。

女 

あなたに似た男のこがいたわ。
そのこ、校庭の隅にあった池で魚を飼っていたの。うずらの卵しか食べない、へんな魚よ。いつも、放課後になると、うずらの卵を持って池に行って、魚を相手に、何やら楽しそうに話をしていたわ。
何を話してるのかしらって、みんなでうわさしてたのよ。
あるとき、そのこの机の上にうずらの卵が置きっぱなしに なっていて、一人の女のこが、この中に毒を入れたらどうなるかしらって、ふと、思ったのね。そして、保健室から
ヨードチンキを持ち出して、卵に穴をあけて、スポイドで入れたの。
ほんのいたずらのつもりだった。でも、魚は死んだの。
男のこは、池のそばに穴を掘って、魚を埋めていたわ。
しばらくたって、男のこが転校することになって、女のこは、謝らなくちゃと思って、手紙を書いたの。
でも、返事はなかった。
返事がないまま、彼は引っ越していったわ。

…たぶん、そんな魚は、いなかったんですよ。
うずらの卵だけを食べる魚なんてね。
それは、そのこが池で飼っていた、まぼろしの魚だった。 彼はその魚を、心の中で育てていたんだ。
うずらの卵は、きっと、自分で食べてたんだと思うな。
あるとき、とても奇妙な味のする卵があった。そのせいかどうか、彼はおなかをこわして、次の日、学校を休んでしまった。その間に魚が死んだという噂がひろまってしまったんだ。
本当のことが言えないまま、彼は穴を掘って、魚の墓を作った。でも、その墓は、自分の墓でもあったんです。
唯一の友達だったまぼろしの魚をなくしたことは「ひとつの終り」だったけど、また、「ひとつの始まり」でもあったんだ。
そいつは、そのことでひとつ強くなった。
新しい自分を見つけたんです。
引っ越しの前に手紙をもらった。
それは、そいつが好きだった女のこからだった。勉強が出来て、可愛いこだった。
さっそく返事を出そうと思った。
だが、なんと書けばいいんだろう。
うずらの卵を食べたのは自分でしたとでも書けばいいのか。
返事を出せないまま、時がたってしまった。。

…彼女は、大学を出て、すすめられるままに大会社に就職をきめたわ。

彼の方は、高校を中退して、小さな探偵社に就職をした。

でも、理想と現実はくいちがっていたの。

やつだってそうだ。かっこいいと思って就職したけど、あつかう仕事はあくどいことばかりだった。
そんな時、鳥を探してくれという依頼があって、つまらない仕事だから受けるなというのを、そいつは勝手にうけてしまった。首になってもいいから、これだけはなんとしても捜してやろうと思ったんだ。
…あの日は、やっとのことで捕まえた鳥をかごに入れて、バイクで依頼者の家に向かう所だった。荷台のかごに気を取られて、気がついたら目の前に赤い車が… ブレーキをかけたが、間に合わなかった。
五月○日。彼は死んだ星のきれいな夜だった…。

あの日、彼女はお気に入りの赤い車で、街を走りながら、決心していたの。会社を辞めて、もういちど、出なおそうって。
今度は自分のために。自分がなっとくのできる仕事を選びたかった。
そう、五月○日。星のきれいな夜だったわ。思わず空に目をやって… 目の前のバイクに気がついたときは、もう、遅かった。

今夜も、星がきれいですね。

ええ、本当に。

END