第203話 (2000/02/18 ON AIR)
『マーシーのお返しに、マーリーを』 作:花田 明子


登場人物
高岡(男)
石川(女)


 時刻は真夜。1時半過ぎ。
 高岡は駅の階段を出てすぐの階段に腰を下し、タバコに火をつけた。
 と、自転車の音。

高岡

おっ。

石川

こんにちはー。

高岡

こんにちはぁーって、夜中だよ。

石川

もちろん、1時半ですわ。

高岡

(笑いつつ)うん。自転車だな。

石川

ええ。だって70円ですから、なんせ。

高岡

(笑いつつ)うん。じゃあとりあえずどっか入るか。

石川

うん、飲めるとこ。

高岡

おう。

 石川の自転車、動き出す。
 そばを歩く。

石川

タクシー?

高岡

もちろん。電車ないからね。

石川

何か悪かったかな。

高岡

何をおっしゃいますやら。あ、ここ左。

石川

え?

高岡

確かここ入ったあたりにあったはずなんだ。

石川

ああ、うん。

高岡

もうちょっと先かな。

石川

何の店?

高岡

何かね、レゲエの店って看板のある。

石川

へーえ、面白そう。

高岡

だろ?ああ、あった。

石川

あ、本当だ。

高岡

そこに止めたら、自転車。

石川

ああ、うん。

 自転車を止めている。
 二人、雑居ビルの中のエレベーターへ歩く。

高岡

何階だっけ…えーっと…。

石川

「レゲエの店」……5階みたい。

高岡

おう。

 5階を押す。
 エレベーター閉まる。
 エレベーターの中。

石川

さっき、テレビ見てたの?

高岡

え?

石川

電話したとき。

高岡

ああ。いや、ビデオ。

石川

へぇ。何のビデオ?

高岡

え?ああ、うん。

石川

あ、言えないやつ?

高岡

違うよ。「パリ空港の人々」

石川

ああ。あれ?それって一緒に見に行ったやつじゃなかった?

高岡

ああ、うん、まぁそうだけど……。

 とエレベーターが開いた。
 と、エレベーターが開いてすぐそこには、すでにボブ・マーリーの音楽。
 感じのよい、ローソクが店内のあちこちに。

石川

おっとう。

高岡

あらら。いいじゃん。

店員

こちらで、靴を脱いでお上がり下さい。

高岡

へいへい。

石川

(笑いつつ)ちょっとちょっと。

 二人、靴を脱いで店内へ。
 二人、座る。

店員

ご注文。さきに飲み物からお願いいたします。

高岡

あ、はい。えーと。

石川

このホワイトビールって、どんなビールですか?

店員

ホワイトビールです。

石川

え?えーっと……。

高岡

え、もしかして白いビールなんですか?

店員

さようでございます。

高岡

へーえ。

石川

じゃあ、私、それ。

高岡

じゃあ、俺も。

店員

かしこまりました。先にお飲物だけお持ちします。

高岡

へい。

石川

ちょっと、また。

高岡

いやいや。

 、去る。

石川

いい感じですね。

高岡

うん、暗くてな。

石川

どういう意味ですか。

高岡

え、だってそうじゃん。ローソクだし、なかなかいい感じだよ。

石川

ああ、うん。

 ちょっとの間

高岡

一ヶ月ぶりくらいだな。

石川

ああ、うん。

高岡

クリスマス……以来でございますから。

石川

(おかしなしゃべり方に笑いつつ)うん、何ですか、それ。

高岡

まぁ、今日はおごりな。

石川

あ、いや、いいですよ。

高岡

何で、70円なんでしょうが、所持金。

石川

いや、銀行に行くの忘れてたんです。

高岡

いいから、いいから。

石川

あ、そっか。確か先月、クリスマスのとき、今日は給料日って言ってて、
あれが24日だったから、そっか。そっか。まだ給料出て4,5日だからか。

高岡

いや、いいからそんなことは。

石川

いや、でも確かそう言ってたから。

高岡

全く変なこと覚えてるな。

石川

あら、失礼な。何だって覚えてますよ。

高岡

いやいや。

店員

ホワイトビールでございます。

と、それはビンの上にレモンののった、透明のビール。

高岡

おう。

石川

あ、すいません。

店員

ご注文、お決まりですか?

高岡

あ、いや、まだ。

では、お決まりになりましたら、このベルでお知らせ下さい。

高岡

え、ベル?

店員

こちらでございます。

と、それは卓上に置かれた鐘のようなベル。ベルの音。

石川

あら、かわいい。

店員

はい。お決まりになりましたら、こちらを(リンリン鳴らして)
鳴らして下さい。

高岡

分かりました。

、去っていく。

石川

可愛いいね、この鐘。

鳴らそうとする。

高岡

おい、待て、。決まってから鳴らせ。じゃないとお店の人、
来ちゃうだろ。

石川

あ、そっか。

高岡

うん。

石川

(メニューに手を伸ばし)えーっと、何にするかな。
そんなにお腹すいてないからな……私……。高岡さん、すいてる?

高岡

え?

石川

だから、お腹。

高岡

ああ、いや、俺もあんまり。

石川

じゃあ、あまりお腹にたまらなくて、つまみになるような……
えーっと……。

高岡 いや、さっき電話で話してたことだけどさ。
石川

(生返事)ええ。

高岡

頂いたCD。

石川

ああ。ね、よかったでしょ?真島昌利。マーシー。

高岡

ああ、うん。いや、それはそうなんだけど。

石川

あれ、よくなかった?

高岡

いやそうじゃなくて、いや、もらったから何か返さないとなぁ
と思っててさ。

石川

ああ、いいのに。ねぇ大根サラダとかどうですか?

高岡

ああ、いいんじゃないか。

石川

じゃあ大根サラダとそれと…。

高岡

おい、聞けよ。

石川

え?

高岡

いや、だからね、もらったから何か返さないとと思ってさ。

石川

ええ。

高岡

でも何返そうかと思ってたらどんどん日が経っちゃって。

石川

(メニューを見つつ生返事)ああ。あ、芸がないけど、枝豆って
どうだろう?

高岡

枝豆?

石川

うん。つまみ。

高岡

いいよ。

石川

じゃあ、決まり。

再び、、鐘を鳴らそうと、

高岡

ちょっと待った。先に聞けよ。

石川

え?

高岡

だからさ、もらったCDのお返しにな。

石川

ええ。

高岡

何をあげようかと……何がいい?

石川

別に…いいですよ。

高岡

いいって、いらないってこと?

石川

うん。なんとなくあげたかったから送っただけだから。
いいですよ、そんなお返しなんて。

高岡

いや、そうだけどさ。これでも悩んでさぁ。

石川

どうして?

高岡

だってCDのお返しにCDってのも何だろう?

石川

何だろうって?

高岡

いや粋じゃないだろ。

石川

別に粋じゃなくてもいいですよ。

高岡

いや、そうなんだけどさ。それに持ってるものあげてもあれだから。

石川

ああ。…でも、まぁ、なんでもいいですよ。

高岡

あ、そう。

石川

うん。多分高岡さんからもらったものなら何だって嬉しいから。

高岡

いやいや……。

石川

ねぇ、先に乾杯しません?一応。

高岡

ああ。うん、じゃあ。

石川

とりあえず。

二人乾杯。

透明なビールの入ったビンが触れあう音。
飲む二人。
と、高岡ふいに

高岡

あ。

石川

え?

高岡

あ、「NOWOMAN’NOCRY」(歌う)

石川

え?

高岡

ボブ・マーリー。知らない?

石川

あんまり。でも聞いたことあるなぁ。

高岡

「LIVE」ってアルバム。この曲、B面の一曲目。

石川

B面?あ、レコード。

高岡

うん。「NOWOMAN’NOCRY」(歌う)高校の頃だよ。

石川

へーえ。

高岡

聞いたなぁ。聞き込んだよ。

石川

ふうん。……いいですね。

高岡

だろ?

二人、しばし聞いている間

高岡

あ、マーリーはどうだ。

石川

え?

高岡

君からいただいた真島昌利。マーシーのかわりにボブ・マーリーの
アルバムはなんぞはどう?

石川

あ、いいですね。

高岡

あ、そう?ああ、よかった。

石川

え、何ですか?

高岡

いや、何をあげようかなり悩んだんだよ。

石川

あらま、意外に律儀なんですね。

高岡

意外にって、何だ。意外にって。

石川

いや、別に。あ、そうそう、注文注文。

と、、鐘を振った。

高岡

(鐘の音で消されつつ)いや誰にでも律儀ってわけではないんだが…。

石川

え?

高岡

いや、別に。

遠くでマーリーの曲が聞こえていた。

                               おしまい