第200話 (2000/01/28 ON AIR)
『タツの日』

 

作:久野 那美

*N…ナレーション(ひとりごと)です。

風の中。絶え間なく、ブランコの音。

兎(N)

1月1日。快晴。公園はしんと静かだった。
町にはもう、人がいない。
次の町へ向かわなくては。
無性に話したくなる。謝りたいのか…?言い訳をしたいのか?
誰かに聞いて欲しいのに。
聞いて欲しい時にはいつも、その誰かがいない。
自業自得。
食べたのは自分なのだ。この町の人をみんな。

ふと。後ろで誰かの気配がした。
もう、誰もいないはずなのに。
振り返ると…大きなタツが、丸い目でこっちを見ていた。

タツ あけましておめでとうございます。
兎(N)

タツは軽く会釈をし、新年の挨拶をした。
隣のブランコへ腰掛けると、不器用にこぎ始めた。
ブランコが揺れるたびに、大きなしっぽがじゃりじゃりと
地面をえぐった。
ブランコに乗るのに適した形をしていないのだ。

じゃり、じゃり

タツ

兎さん…ですよね。

わかります?

タツ

ええ。わかりやすい形ですから。

兎(N)

馬鹿にされたような気持ちがした。
それでも誰もいないよりずっとましだ。
新年早々、タツと、話してみようと思った。
自分のことを…
絵に描いたような元旦の光景だ。

わかりやすいのは形だけです。見てわからないこともありますよ。

タツ

???

ひとを食べる兎の話…聞いたことありますか?

タツ

ひとを食べるんですか。

はい。

タツ

あなたが?

ええ。

タツ

兎なのに?

兎なのに。

タツ

ふうん。

食べないと死んでしまうんです。この町の人もみんな、食べて
しまったんです。

タツ

この、町の人…。…(ぼおっ炎を吐く)

………炎を吐きましたね。

タツ

…ごめんなさい。

いえ…。

タツ

きいてますよ、ちゃんと。

…。

人を食べる兎との付き合い方を誰も知りません。僕にもわからないんです。
勉強しました。法律や、文学や、哲学や科学…。法律は人を食べる兎を
裁いたりしないんです。だから、僕には罪がないのかもしれないと思いました。
でも法律は人を食べる兎の権利のことも、説明したりしませんでした。
文学や、哲学や、科学が教えてくれるのは、人間と世の中のことでした。
正しいことや間違ったことについてでした。人を食べる兎のことではありません
でした。

タツ

文学…(ぼおっ炎を吐く)

はい。

タツ

哲学…(ぼおっ炎を吐く)

はい。

兎(N)

なんだかひどく疲れてきた。
タツは炎を吐くばかりで、顔色一つ変えずにブランコをこいでいた。
後悔した。やっぱりタツなんかに話すべきではなかったのだ。
しかも彼女は追いうちをかけるのだった。

タツ

何をやっても、どうしようもないんですね。

…。

タツ

兎なのにね。

…。

タツ

あなたが「間違った兎」だからですね。

兎(N)タツはきっぱりと言い放ち。そして七色の炎を吐いた。
救いようのない気持ちになった。
こんなことまで言われたことはなかった。
それはきっと言われる前に…。
もしかしたら…、ふと思いついて尋ねてみた。

兎あなたも人間を食べるんですか?

タツいいえ。

兎…タツって、は虫類ですか?

タツ…(無視)

兎卵を産みますか?

タツ(無視)

兎…空を飛びますか?

タツ(無視)

兎休みの日は何をしてるんですか?

タツ(ぼーーーーーっ大きな炎を吐く)

兎…ごめんなさい。質問されるのは嫌いですか?

タツ答えられないんです。何を聞かれても。

兎??

タツ存在しない生き物だから。

え?

タツ

正しいタツも間違ったタツもいない。タツなんていないんです、どこにも。

だって…。

タツ

あなたは今、私と話をしているけれど、ほんとはそんな気がするだけ。

…。
タツ

だからわたしは人間を食べたりしないし、兎も食べたりしないし、
あなたも私を食べることができない。

…。

風が吹く。

タツ

(ぶるるっとふるえる)

寒いですか?…。

…寒いですか?

タツ

平気です。寒い時は炎を出しますから。

兎(N)

タツは地面に降り、大きな炎を吐いた。
炎はブランコをひとつ燃やした。
……ぶらんこはひとつだけになった。

ふとブランコの音が止まる。兎がとび降りたのだ。

タツ

何処行くんですか?

おなかがすきました。ここにはもう。食べるものがありません。

タツ

乗らないんですか?

はい。

タツ

(ブランコを揺らしてみる)

兎(N)

背後でじりじりと音がした。
振り返ると、タツが残ったブランコをこいでいた。

タツ

さよなら。(ほおっ)

…さようなら。

兎(N)タツに背を向けて、てくてくと歩いた。
次の町は遠かったけれどやがてたどり着いた。
空腹になるとひとりづつ、人間を食べ続けた。
誰かに話したいとき、いつもそこには誰もいなかった。
空っぽの町をあとにするたび。タツのことを思い出した。
そういえば。あの日、初めて誰かに「さようなら」を言ったのだった。
また、どこかで会えるだろうか。
どこにもいないはずのタツは、
今もあの公園にいて、
大きなしっぽをひきづって、
窮屈そうにブランコにのっているような気がしてならない。

(終わり)………………………………………………………