第199話 (2000/01/21 ON AIR)
『沈黙のエレベーター』

  

作:四夜原 茂

エレベータが動く音。「ウィーン」とか「ゴゴゴゴ…」とか。
その後、ガチャンと扉が開く。かなり古いエレベータのようだ。
誰かがエレベータに乗る。ハイヒールの音が「カツカツ」と。

何階ですか?

あ、7階お願いします。

はい、7階ですね。(ボタンを押す)

どうもありがとう。

エレベータはゆっくりと上昇してゆく。ウィーンとかゴゴゴゴ…と
音をたてながら。

かなり古いですよね。

え?

かなり古いですよ、このエレベーター。

そうですね。

まだ2階を通過したところでしょ。まだまだ着きませんよ、これじゃあ。
あ、やっと3階だ。3階を通過しました。もうすぐ7階までの中間点です。
このへんかな?このへんが中間点でしょう。がんばるんだエレベータ君。

ふふふ…。(笑う)

…よかった。笑ってくれて。

…よかったって?

僕ね、エレベーターの中で二人っきりになるの苦手なんですよ。
二人で息を殺して階数表示のランプを見つめるだけとか…
何か、緊張しちゃうじゃないですか。

特に男と女だとね。

そうでしょ。目のやり場に困るし、仕方なく動いてくランプを見つめる
ことになるじゃないですか。

扉が開いてどちらかが出て行くと思わずため息がもれたり。

あ。あなたもそうなんだ。

これくらいのエレベーターならまだいい方だわ。もっと大きいと最悪。

二人で正方形の角んところにへばりついて無視し合うんでしょ。
あれはいやだなぁ。だから何かしゃべることにしてるんですよ。

「がんばるんだエレベーター君」とか?

まあ、たわいのない事をしゃべるだけなんだけど……

たいがい無視されますね。

そうでしょうねぇ。

…あなたは、ちゃんと笑ってくれたから…ちょっとうれしかったな。

……あれ…4階のランプは?

そうですよね。4階のランプ、こわれちゃってるのかな。

動いてるわよねぇ。

ええ、動いてます。

…普通なら私も無視したかも知れないわよ。

あ。やっぱり?

今日ちょっと楽しいことが起こりそうだから笑ったのかもね。

あ。7階で誰かが待ってるとか?

ふふふ、…まあ、そんなとこ。

いいなあ。うらやましいなあ。

……あなたは?

僕ですか?僕を待ってる人なんていませんよ。

いや、そうじゃなくてね。何階に行くの?

え?

ボタン押し忘れてるんじゃない?

ああ、いいんですよ。まず楽しいことが起こりそうなあなたを優先します。

あ、そう…。変じゃない?

何がですか?

5階のランプもこわれてるのかな?

きっとそうですよ。だって動いてるじゃないですか。

でも、もう着いてもいいころだと思うけど。

…えーと、そうですよね。いくら古いエレベーターでも、ちょっと遅すぎるかな?

ほかの階のボタン押してみましょうよ。

はいはい。(いろんなボタンを押す)

どう?

これで各駅停車にはなるはずなんだけど…あれ?動いてんのかな?

耳をすませると、動いている音はする。

動いてるわ。

変だなあ。7階が最上階なんですよ、このビル。どこまで上ってるのかなぁ。

非常電話はどこ?

ええと、ないですね。

非常電話、ないの?そんなエレベーター見たことないわよ。

だってほら、ないですよ。

……私、ケイタイ持ってるから電話してみる。

電波とどきますか?

ええ?こわいこと言わないでよ。…あー、よかった。ちゃんとエリアに入ってる。

「ピッ」と発信ボタン。

7階で待ってる人?

そう。…あ。クリス?あたし。エレベーターが変なことになっちゃって困ってるの。
…そうじゃなくて、1階から乗ったんだけどどの階にも止まらないのよ。店の人に
言って何とかしてくんないかな?…わかった。もう少し待つわ。あ、切らないで
いいから、そのままにしといて。

ああ、よかった。これで助かりますね。

本当、どうなってんのかな、このエレベーター。あなたがさっき乗ってたときは何でも
なかったんでしょ。

はい。ふつうに動いてましたよ。地階から1階までは。

まだ動いてる?

動いてますね。どんどん上がってます。

おいおいって感じね。

…なんか。あれですよね。

なに?

エレベーターのトラブルは困るけど、お話できましたよね。

そりゃそうだけど、やっぱりトラブルは困るわ。

そうですか?僕は何の会話もないエレベーターよりちょっとしたトラブルなら、
そっちの方をえらぶなぁ。

そおぅ?…あ。クリス?どうなった?え?動いてる?だから、動いてるんだって、
動いてるんだけど止まんないのよ。

「ガッチャン」とエレベーターが止まる。
あ。
ちょっと待って。止まったわ。
「ガチャンガチャン」と扉が開く。

扉も開いた。

じゃ、僕はここで降ります。けっこう楽しかったなぁ。またいつかあなたと会ってみたい
です。どこかのエレベーターの中で。

男、歩き去る。

あ。さよなら。…え?ああ、地下から乗ってきた男の人。ここ…どこなのかなぁ…。
え?地下はない?なに言ってんのよ。地下から乗ってきてたんだって。
…どこのビルって…え?私、まちがえちゃってたのかなぁ。…ここ?なんかね。
薄暗い廊下がずっと続いてるんだけど…。あ。扉が…。

 

「ガチャガチャ」と扉がしまる。エレベーターが降りてゆく。

おわり